すれ違う瞳
君の瞳には、
私の影は映っていない。
ただ、遠い昔の誰かの残響が、
まだ、そこに揺れてる。
そして、
私の瞳には、きっと、
遠い昔の誰かの後ろ姿が、
写ったままなんだろう。
君に触れる度に、
私は私ではなくなる。
君が欲しいのは、私ではなく。
私が欲しいのは、君ではなく。
手にしたくても戻れない、
幻影の名残だから。
夜ごと、掠れた声で、
囁き合う言葉も、
指先を這う、寂しさも、
どれも、本物には届かない。
けれど、
君が差し出す手の温もりに、
私は救われたふりをしてしまう。
本当の名前は呼べないまま、
本当の言葉は飲み込んだまま、
私は、君の恋人のふりをする。
君もまた、そうなんだよね?
私たちは、
すれ違う瞳で、愛を語り、
すれ違う視線で、夜を越える。
お互い、他の人に心を囚われたまま、
お互いの肌の温もりに、溺れる。
それでもいいと、
思ってしまった。
君が触れる度、
私はほんの少しだけ、
生きている気がしたから。
偽りと知りながら、
君の口唇に嘘を重ねる私を、
誰も、赦さなくていい。
『愛してる』
たとえ、その言葉が、
誰にも届かなくても。
だから今夜も、私は笑う。
そして、
すれ違う瞳のままで、君を抱く。
私はもう。
君がいない夜には戻れない。
それでも。君はきっと。
私のいない朝へと向かうんだろう。
5/5/2025, 9:01:55 AM