霜月 朔(創作)

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5/2/2025, 7:47:33 AM


風と




あいつの背中を、
ただ、見つめるだけの、
俺の時間は、
風と歩いているようだった。

何かを言えば、
壊れそうで。
何も言わねば、
遠ざかってゆく。
…そんな気がした。

昔みたいに、
笑えばいいのにと、
想いながらも、
今のあいつの、
作り物の眩しさが、
少しだけ、痛かった。

人目を避けて俯くのが、
すっかり、上手くなったな。
だが、それを言葉にするには、
俺たちは、もう、
余りに遠く来すぎたんだ。

選んだ道が険しいことも、
知っていた。
過去を捨て、自分を変え、
二度と戻れない覚悟が、
重い鎖になっていることも。

夜の闇が、あいつを、
抱いているように見える夜。
俺はただ、黙って、
風と語らうしかない。

何もしてやれないのは、
弱さじゃないと、
言い聞かせながら、
それが、強さでもないことに、
気付いてしまう。

吹き抜ける風が、
あいつへの想いを、
何処かに攫っていく。

そう。
俺の心が、
あいつを想っていることは、
風だけが…知っている。

5/1/2025, 7:59:09 AM

軌跡



夜の帳が降りてくる度、
君の横顔を思い出し、
そっと、溜息を吐く。

笑い合った時間も、
黙って歩いた帰り道も、
粉々に砕け散った、
想い出の欠片となって、
胸の奥で疼くんだ。

俺はずっと君の隣で、
君の一番近くで、
何も言わず、何も求めず、
ただ、君を見詰めてた。

秘めてきたこの想いを、
言葉にしてしまえば、
全てが壊れてしまう気がして。
ずっと、黙っていたんだ。

だから、俺は、
君の隣にいられることを、
『幸せ』と呼ぶことにした。
それが、嘘だと知っていても。

例え、君が、
他の誰かと微笑み合い、
手を取り合う日が来ても、
俺は、心の痛みを隠して、
笑って見せるから。

俺たちが並んで歩いてきた、
この道の上に、
確かに残るのは、
親友としての――軌跡。

それだけが、
俺に許されたもの。
そんな事、ずっと前から、
分かってた筈なのに。
どうしても、
胸の痛みが消えてくれないんだ。

だから、今日も俺は。
胸の痛みの理由を、
知らないんだ、と、
自分に嘘を吐く。

いつか君を。
心から友達だと思えるように。




4/30/2025, 6:30:38 AM

好きになれない、嫌いになれない



お前は言った。
「もう一度、やり直したい」と。

壊したのは、
私だったのに、
お前はあの日、
自らを悪者にした。
まるで、それが当然であるかのように。

好きになれない。
だが、
嫌いになれない。

相反する想いの狭間で、
心は振り子のように、
大きく揺れ続ける。
振れる度に、胸の奥で、
鋭い痛みが軋む。

だが、この痛みさえ、
あの日、言葉の刃でお前を傷付けた、
私への罰なのだろう。
赦される資格など、ないと知りつつ、
私はその罰を、抱き締めている。

罰であれ、贖いであれ、
最早、私を救わない。
赦される価値も、
愛される資格も、
私には、無いのだから。

だが、愚かにも、私は、
お前が再び伸ばしてくれた手を、
掴む事も、拒む事も、
出来ずにいる。

好きになれない。
だが、
嫌いになれない。

私の呟きに、
お前は穏やかに微笑んだ。

そして言った。
「『好き』の反対は、
『嫌い』じゃない。
『無関心』だよ。」と。

その瞬間、気付いた。
私は、今も尚、
お前に心を奪われている、と。

好きになれない。
だが、
嫌いになれない。

…そう。
これが、今の私が示せる、
不器用だが精一杯の、
愛の形、だ。

4/29/2025, 9:06:09 AM

夜が明けた。



漸く、夜が明けました。
それなのに、どうして、
貴方はまだ眠っているのですか。

この手の中にある、
貴方の呼吸の音が、
ひとつ、またひとつと消えてゆく。
それが、こんなに愛おしいなんて。

貴方の優しさと愛は、
友愛でありながら、
私に救いの手を伸ばしたのが、
いけないのです。
私を抱きしめたことが、
いけないのです。

あのとき、貴方が
たった一度だけ、
愛おしそうに、
名前を呼んでくれたこと。
今も、鮮やかに、
胸にこびりついて離れません。

だから、
全てを壊したのです。
貴方の命までも。
貴方の首に、あの白い花を添えて。
私の指が、震えなかったことを、
きっと気付いていたでしょう。

どうか、
もう一度、私を呼んでください。
貴方のあたえてくれる愛は、
私の求める愛とは違うけれど。

それでも、構いません。
開くことのない檻の中で、
永遠に私の隣にいてくれるなら、
私は、それだけで、
満たされるのですから。


夜が明けた。
誰も見ていない。
 
貴方はもう、
私から離れてゆけない。

私の呼吸も、
もうすぐ、止まる。
…貴方の傍で。

4/28/2025, 9:15:16 AM

ふとした瞬間


ふとした瞬間、
お前を見た。
なんてことはない仕草だったのに、
俺の胸は、酷く軋んだ。

どれほど近くにいても、
どれほど笑い合っても、
お前は永遠に、
俺の手の届かない場所にいる。
そんな現実に、
気付いてしまったんだ。

俺たちは、友として。
ずっと並んで、
同じ道を歩いていた筈だったのに。
何時からだろう。
俺だけが、足を止めたままだ。

希望なんて、
最初からなかった。
お前の瞳が、
俺だけを映すことなんか、
ある筈もない。
そんな事は、分かっていた。

──だが。
そうだとしても。
お前と笑い合える日々が、
俺の全てだった。

夜の底で、独りきり。
交わせる筈もない甘い言葉を、
心の中のお前に投げた。
だが俺には、
お前との夢を描くことさえも、
赦されない気がして、
浮かぶ幻を、慌てて掻き消した。

お前は、何も知らないままでいい。
だから、
俺は、何も伝えないままでいよう。

俺の想いは、
粉々に壊してしまおう。
床に叩きつけられたガラス細工のように、
痛いほど鋭く砕け散り、
元の形も分からないほどに。

そして──祈ろう。
俺の存在しない未来で、
お前が、幸せであるように、と。

どうか。
この苦い祈りすら、
お前には、気付かれないように。

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