どこへ行こう
君の名を呼ぶたびに、
声が闇へ溶けてゆく。
風も答えず、光も差さぬこの場所で、
私は独り、君を探している。
どこへ行こう。
この胸の痛みが導くなら、
その先は、君の温もりの残る、
あの夜の終わりだろうか。
あの日。
君が差し出してくれた手が、
私は、素直に嬉しかった。
ただ、それだけだった。
君が私に縋るとき、
私はただ、
腕を広げるしかなかった。
君の絶望も、哀しみも、
私の中へ沈めてしまえばいい。
…そう思った。
君の刃が胸に届いたとき、
私は、何故か怖くなかった。
それは、痛みではなく、
漸く知った愛の形だったから。
君の凶刃は、
優しさの裏返しであり、
震える君の唇は、
私を壊すためではなく、
自らを赦せなかった証だった。
君が望んだ「永遠」は、
確かにこの身に刻まれた。
だが、それは、
君を縛る鎖であってはならない。
だから、私は独り君を待つ。
この静謐の果て、
時の波に溺れぬように、
君の名を胸に刻んで。
私の魂はまだ、君に触れている。
例え、この世に私がいなくとも。
もしも、この祈りが届くのなら、
君が、その生を終えた時。
どうか、もう一度、
あの日のように、
手を伸ばしてくれ。
独り、明けぬ闇に揺蕩い、
行き先も知らず彷徨いながら。
…ただ、それだけを、
願い続けている。
big love!
貴方に初めて、
手を差し伸べてくれた、あの日。
私は今でもよく覚えています。
冷たい風の中、
その温かな掌だけが、
この世の真実のように、
感じられたのです。
いつからだったでしょうか。
貴方が、他の誰かに笑いかけるだけで、
この胸が、酷く軋むようになったのは。
私に差し出された手の温もりが、
特別なものではない事に、
暗く深い孤独を、
感じてしまうようになったのは。
貴方は、知らなかったのでしょう。
私が、どれほどの熱を、
この胸に灯していたのか。
それが、どれほどの暗闇を、
孕んでいたのか…を。
貴方の未来を想うたび、
私は、息が詰まりそうになります。
私の知らない貴方の時間が、
ただ、恐ろしくてたまらないのです。
私は、貴方を憎みたくなどなかった。
ただ、ただ、
私だけを見ていて欲しかったのです。
貴方が、他の誰かに向ける、
その優しさを、
私だけのものにしたかったのです。
どうか、
私だけを見ていてください。
どうか、
他の誰にも優しくしないでください。
私が、貴方を守ります。
貴方を壊すものすべてから。
例え、それが、
…私自身であったとしても。
それが、許されぬのならば、
せめて、
この腕の中で眠って欲しいのです。
貴方の呼吸が止まっても、
心が止まらぬように、
深く、深く、
貴方の魂さえも、
私のものにしたいのです。
だから、私は、
貴方を抱き締めながら、
冷たい切っ先を突き付けました。
そして、貴方は、
私の刃をその身に受けてくれた…。
それだけで、もう十分でした。
私は貴方と、
一つになれたのですから。
これが、私の愛。
貴方のすべてを欲した、
狂おしいほどに純粋な、
…大きな愛。
私も、もうすぐ、
そちらへ参ります。
ですから、どうか、
あの日のように、
また、手を伸ばして、
私を迎えてください。
ささやき
君が扉を閉めたときの音が、
未だに耳の奥で、
繰り返し、響いている。
言葉は、刃よりも鋭く、
傷は癒えることなく、
心の奥深くまで、沁みていく。
あの日、道を違えたのは、
私と君――どちらだったのかな。
それとも。
正しさが、二人を裂いた。
ただ、それだけのこと、
だったのかもしれない。
君の背を追わなかった理由を、
今も探している。
愚かにも、あの時の私は、
立ち去る君を、見送ることで、
愛を示せると思っていたんだ。
ねえ。
あれは幻だったのかな?
私たちの時間も、
触れた指先も、
交わした約束も、
誓い合った未来さえも。
堕ちるように、恋をして、
溺れるように、誰かを抱く。
偽りの吐息に紛れて、
私は、君を忘れたふりをしてる。
でも、どれほど、
誰かの唇に触れても、
誰かの声に名前を呼ばれても、
誰かの温もりに身を重ねても、
私の心は、君の輪郭を、
濃く、濃く、なぞるだけ。
夜の底で、今夜も、
ささやきが聞こえる。
「…愛してる。」
君を離せないままの私は、
独り、君への想いを、
夜の帷に揺蕩わせる。
その、ささやきは、
朝の陽を見ることもなく、
静かに、溶けてゆく。
星明かり
月がない夜は、
とても静かだ。
太陽は余りにも眩しくて、
月は美し過ぎるから。
月のない夜に、
ボクは、星明かりに見守られ、
少しだけ、微笑んでみる。
月の輝く夜には、
見ることが叶わない、
星の瞬きは、
まるでガラスの欠片の様に、
儚く、美しくて。
人の欲望と欲望が、
汚泥のように揺蕩う、
醜く汚い、この世だけど。
夜の闇は、
偽りの笑顔も、虚栄の街も、
隠してくれるから。
優しく、悲しい、
星明かりの下で。
何の役にも立たない、
影のようなボクも、
少しだけ、赦される気がした。
星の煌めきは、
ボクの心に、小さな小さな、
傷を刻み、痛みを与える。
キラキラと。チクチクと。
それでもボクは、星を眺める。
星明かりに見守られて、
ボクは、そっと呟く。
…お願い。君を忘れさせて。
太陽のように暖かく、
月のように優しい君は、
道端の小石の様に、
誰の目にも留まらない、
有りふれた存在のボクには、
決して手が届かないから。
太陽も月も見えない、
星明かりだけの夜空の下で。
ボクは、独りでも生きていける。と、
そっと、目を閉じた。
影絵
ひとつ灯を灯せば、
君の輪郭が壁に映る。
影だけが真実のように、
静かに、私をなぞるのだ。
あの日の君は、
誰にも気づかれず、
誰にも触れられず、
泣くことさえ許されず、
まるで、風のように、
この世から零れ落ちていた。
「君はもう独りじゃない」
幾度も、そう囁いた。
だが、その言葉すら君には、
鎖にしかならなかったのだろう。
共に暮らした部屋は、
夜の棺のようだった。
恋も、愛も、
とうに遠ざけてしまっていた。
吐息すら重く、
目を閉じれば夢までも、
君の声色をしていた。
私は、君を救ったつもりだった。
打ち捨てられた心に、
せめて灯のある場所を、
与えたつもりだった。
ただ、それだけだった。
だが、君の想いは違った。
君は私を抱き締めた。
言葉よりも深く。
想いよりも痛く。
「貴方の全てになりたい」
そう小さく呟いた君の声は、
酷く悲しく、
そして…恐ろしかった。
そして、あの夜。
君は静かに笑って、
私の胸に刃を滑らせた。
赤に染まる部屋の中で、
私はようやく、
君の「好き」のかたちを知った。
それは、残酷で、酷く優しい、
ふたりきりの影絵だった。
壁には、
ひとつに重なる二つの影。
それは、血と涙で、
ゆるやかに、ゆるやかに、
溶けてゆく。
そして、私たちは、
ひとつの影となり、
同じ夜に溶けていった。
――どうか忘れないで欲しい。
これは、君が描いた、
私という影絵の、
終焉なのだということを。