影絵
ひとつ灯を灯せば、
君の輪郭が壁に映る。
影だけが真実のように、
静かに、私をなぞるのだ。
あの日の君は、
誰にも気づかれず、
誰にも触れられず、
泣くことさえ許されず、
まるで、風のように、
この世から零れ落ちていた。
「君はもう独りじゃない」
幾度も、そう囁いた。
だが、その言葉すら君には、
鎖にしかならなかったのだろう。
共に暮らした部屋は、
夜の棺のようだった。
恋も、愛も、
とうに遠ざけてしまっていた。
吐息すら重く、
目を閉じれば夢までも、
君の声色をしていた。
私は、君を救ったつもりだった。
打ち捨てられた心に、
せめて灯のある場所を、
与えたつもりだった。
ただ、それだけだった。
だが、君の想いは違った。
君は私を抱き締めた。
言葉よりも深く。
想いよりも痛く。
「貴方の全てになりたい」
そう小さく呟いた君の声は、
酷く悲しく、
そして…恐ろしかった。
そして、あの夜。
君は静かに笑って、
私の胸に刃を滑らせた。
赤に染まる部屋の中で、
私はようやく、
君の「好き」のかたちを知った。
それは、残酷で、酷く優しい、
ふたりきりの影絵だった。
壁には、
ひとつに重なる二つの影。
それは、血と涙で、
ゆるやかに、ゆるやかに、
溶けてゆく。
そして、私たちは、
ひとつの影となり、
同じ夜に溶けていった。
――どうか忘れないで欲しい。
これは、君が描いた、
私という影絵の、
終焉なのだということを。
4/19/2025, 4:58:04 PM