霜月 朔(創作)

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3/10/2025, 5:10:30 PM

願いが1つ叶うならば



夜の帳に身を潜め、
君と交わした、秘密の誓い。

この想いは、炎のように、
燃えてはならないと、
知りながらも、
消すことなんて、出来なかった。

指が触れた刹那、
胸を裂くような、疼きが走った。
刹那に溺れていた、
遠い…過去。

そう。
今の私には、もう、
恋人の腕に眠る君を、
遠くで見詰める事しか、
出来ないんだ。

叶うならば、
もう一度、この手に、
君を抱き締めて眠りたい。

君が私を、
寂しさを埋める止まり木として、
求めてくれた、あの頃。
君に溺れながら、
夜明けが来なければいいのにと、
何度願ったか、分からない。

けれど、朝日は残酷で。
君は、振り返る事もなく、
"正しい"場所へと、
帰っていった。

だから、願いが1つ叶うならば。
どうかこの恋を、罪ではなく、
愛と呼ぶことを、赦して欲しいんだ。


3/9/2025, 11:13:40 PM

嗚呼



哀しい程に、
静かな夜だった。

細い月が浮かび、風さえ眠る。
ただ、二人の時間だけが、
ゆっくりと、
それでいて残酷に、
流れていた。

君は微笑んでいた。
傷だらけの手を伸ばし、
そっと、私の指を絡める。

「怖くないのですか?」
君の最期の問いに、
私は静かに首を振る。
すると、君は、
柔らかく微笑んだ。

怖い筈がない。
もう、何も要りはしない。
明日も、痛みも、
希望さえも。

ただ――
君に微笑んでいて欲しい。
それだけが、
私の願いだった。

この醜く、残酷な世界で、
これ以上、君が傷付くことに、
耐えられなかった。

君を護れなかった私を、
どうか、赦して欲しい。
その情けない詫び言は、
言の葉になれず、
夜の闇に霧散する。

冷たい水面に映る、
静かに寄り添う二つの影。
揺らめき、溶けて、
やがて、ひとつになる。

「ずっと、一緒ですよ。」
君の声が、遠ざかっていく。

嗚呼――
なんて、美しい夜だろう。

3/8/2025, 6:09:26 PM

秘密の場所



ひび割れた石の階段を、
そっと降りると、
冷たい静寂が、ゆっくりと、
心を締め付けます。

この秘密の場所には、
誰も知らない時間があります。
古びた椅子に腰を下ろすと、
微かな灯りが、
柔らかな影を揺らします。

ここには、まだ、
貴方が微笑んでいた、
あの日の言葉が、
静かに息衝いているのに、
私の想いは、行き場をなくし、
冷たい空気に溶けていきます。

閉ざされた扉の向こうでは、
季節が巡り、時が流れ、
全てが変わってしまったのに、
この場所だけは、
何ひとつ変わらず、
時を止めたままでいます。

どんなに願っても、
声は記憶の彼方に消えていき。
どんなに探しても、
微笑みは時に溶けてしまい。
どんなに手を伸ばしても、
温もりは戻らなくて。

叶わないと、知りながらも、
それでも私は、
ここへ戻ってきてしまうのです。

この秘密の場所だけが、
まだ、貴方との絆を、
覚えているから……。

3/7/2025, 8:39:39 PM

ラララ



ラの音が鳴る。
それは、
雨粒のように落ちる涙の音。
冷えた空の底から、
重く、ゆっくりと落ちていく。

ひとつ、またひとつ。
耳の奥に沈んでいくたび、
忘れたはずの旋律が、
黒い波のように揺れ、
そして…滲むんだ。

君と奏でたあの曲は、
もう、聞こえない。
ただ、胸の中だけで、
静かにリフレインする。

ラ、ラ、ラ。
澄んでいたはずの音が、
こんなにも、鈍く響くのは、
何故だろう。

嘗て、
共に弓を引いた指先も、
鍵盤に触れた掌も、
今はもう、君の温もりには、
届かなくて、
今はただ、宙を掴むばかり。

あの頃は、
笑い合う友がいて、
そして——君がいた。
皆で奏でた、ラの音。
想い出の曲。

君は私の手を振り解き、
友は鬼籍に入った。
残されたのは、
歌えなくなった、バイオリン。

ラの音が鳴る。
低く、深く、沈む音。
もう君には届かない。
そして、ひとりきりの部屋に、
降り積もるだけ。

3/6/2025, 5:00:20 PM

風が運ぶもの




早春の風が吹き抜ける。
春霞の淡い幻に包むように、
俺の頬を、そっと撫でてゆく風は、
微かな、お前の気配を纏っていた。

風が運ぶものは、
お前の幸せそうな笑い声。
淡く揺れるその残響。
そして、
俺の喉の奥に沈む、
名前も付けられない…痛み。

伸ばした指が、
触れられそうで、
触れられない。
その距離に、
俺の心は音を立てて、軋む。

長い間、ずっと。
俺は、遠くから、
お前を見ていた。

俺が立っている場所は、
「親友」という名の、
賭けて失うには、
余りに惜しい境界線。

風は気まぐれに流れてゆき、
俺の足元に枯葉を転がす。
まるで、忘れてしまえと、
静かに囁くように。

けれど、
風が運ぶものを、
誰しも、拒めないように、
この想いを手放すことは、
きっと出来ないだろう。

例え、それが、
進むことも戻ることも、
許されなくなる、
呪いだったとしても。

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