ひらり
ひらり、ひらり。
私の手のひらで舞うのは、
風に遊ぶ粉雪でしょうか。
早春を彩る花びらでしょうか。
それとも――
貴方の生命の欠片でしょうか。
貴方は、私の全て。
幾度となく心が囁きます。
貴方の優しさに救われた日から、
私の生命も、心も、
貴方を求めて、止まないのです。
貴方の魂は、
余りにも美しく、
余りにも儚くて。
この醜悪な世界に傷付けられ、
ひび割れ、砕け散り、
苦しみに沈んでゆくのです。
愛しい貴方の絶望が、
私の指先に触れるたび、
切り裂かれるような、
甘美な痛みが胸を満たすのです。
そして、静かな破滅が、
そっと爪を立てるように、
ゆっくりと染み込んで、
骨の髄まで浸食していきました。
抗えぬ運命ならば――
いっそ、全てを壊しましょう。
貴方を苦しみから救うために。
二人きりの世界へ旅立つために。
すべては……愛の名のもとに。
ひらり、ひらり。
私の手のひらで散るものは、
溶けゆく雪兎でしょうか。
散らされた紅の花でしょうか。
それとも――
貴方の最期の鼓動でしょうか。
誰かしら?
オレは、オレを罰する。
亡き母に向かい、
何度も何度も、
謝罪を繰り返す。
「要らない子」だと、
分かっていた。
それでも――
ただ、見て欲しかった。
だから、オレは必死に、
母の言いつけを守った。
いい子でいようとした。
それなのに。
母の口から零れた言葉は――
「誰かしら?」
その一言が、
オレの存在を切り裂いた。
ずっと、ずっと、
母の声が欲しかったのに。
でも。
欲しかったのは、
こんな言葉じゃない。
だから、オレは今夜も、
オレを罰する。
愛されなかった、
出来損ないの人形に、
鞭を振るい、痛みを刻む。
顔に、腕に、背に、
鮮血が滲み、
オレの身体を、
朱に染めていく。
今は亡き母へ――
赤い花の代わりに、
この痛みを捧げるから。
だけど、オレの謝罪は、
天に届きはしないだろう。
ただ、冷たい床に、
落ちて、砕け散るだけ。
芽吹きのとき
霧のような朝の光が、
冷たく黒ずんだ大地の隙間を、
優しく照らしていきます。
静かに、ゆっくりと、
重たい土を押し上げながら、
小さな芽が、
密やかに顔を覗かせます。
誰の目にも触れず、
誰の手にも触れず、
ただ、静かに、
漸く訪れた、芽吹きのとき。
この芽が伸びゆく日を、
この芽が緑に染まる日を、
この芽が風に揺れる日を、
私は独り、
夢見ているのです。
けれど——
触れてしまったら、
壊れてしまいそうで。
ただ見守ることしか、
出来ないのです。
足元には
踏み締められた枯れ葉。
まるで私の、
貴方への想いのように、
誰にも気づかれず、
静かに朽ちていくのです。
私の想いは、
芽吹くことは赦されず。
私はただ、
春の光に花開く貴方を、
見守ることしか、
出来ないのです。
〜〜〜〜〜〜
あの日の温もり
独り凍える夜。
静寂の中で、
鼓動だけが、
やけに大きく響く。
冷たい布団を抱き締め、
寒いのは冬のせいだと、
自分に言い聞かせてみる。
そっと目を閉じると、
貴方の笑顔が、
滲むように蘇る。
貴方が私に、
微笑みかけてくれたのは、
もう、遠い昔の事なのに、
まるで昨日の出来事のように、
記憶の中の貴方は鮮やかで。
手を伸ばしても、
決して触れることは、
出来はしないのに。
だけど、
せめて夢の中でなら、
未だ愛してるよ、って、
伝えられるかな。
あの日の温もりは、
二度と戻らない。
そんなことは、
痛いほど分かってるのに。
それでも私は、
貴方の温もりの記憶に、
今も尚、縋ってしまうんだ。
cute!
一片の灯が揺れるたび、
胸の奥で、
そっと響く小さな音。
貴方はまるで、
風に舞う花びらのように、
軽やかに、華やかに、
世界を歩いてゆきます。
ですが、私は。
微笑みの向こう側に立ち、
ただ、貴方を、
見つめるだけなのです。
小さく名前を呼んでも、
想いは風に攫われて。
"I've always thought you were cute!"
こんな、単純な言葉さえも、
届くことのないまま、
消えていきます。
美しいものほど、遠く。
可愛いものほど、脆く。
穢れたこの手では、
触れることさえ、
叶わないのです。
それでも、貴方は、
今日も変わらず、
無邪気な輝きを纏い、
私の知らない明日へと、
歩いてゆくのです。
何も知らずに、
ただ、微笑んで。
記録
ひび割れた硝子の様な、
静かな深夜。
月の光は、ただ冷たい。
机上のノートに、
滲むインク。
記された名前は、
いつも同じ。
指先でなぞる、
貴方の名前。
貴方への想いは、
言葉になれず、露と消え、
決して、響かない。
夢の中。
夜の闇に滲む横顔。
光と影の狭間に咲く、
貴方の微笑み。
決して触れられない。
それが、俺を、
深く切り裂いていく。
貴方の微笑みは、
他の誰かの物だから。
朝が来れば、消えていく、
名もなき恋の断片たち。
記憶の隅に沈めて、
幾度も記すのに、
言葉は貴方へ届かない。
インクが涙のように滲むだけ。
硝子の破片を抱き締めて、
今日もただ記すだけ。
…届かぬままの言葉たちを。
記録という檻の中に。