さぁ冒険だ
月のない夜。
独り、彷徨います。
影だけは、静かに、
私に寄り添ってくれます。
冷えた指先に、
貴方の温もりを探します。
ですが、もう、
幻すら残っていないのです。
貴方は笑っていました。
最期の瞬間まで。
なのに、
貴方の瞳に映る私は、
狂気に染まったまま、
貴方に刃を向けていました。
私の手で、
余りに醜悪なこの世界から、
救われた貴方は、
赤に染まり、
とても美しく、愛おしくて。
闇が深く、深く、
私を飲み込んでいきます。
愛しい貴方を想うたび、
私は私でなくなっていくのです。
「さぁ、冒険だ」と嘯きながら、
貴方の温もりを求めて、
私は漆黒の森を、
彷徨い歩くのです。
一輪の花
ひび割れた記憶の中、
一片の風に揺れる花。
煤けた空の下、
寂しげに、だが、気高く。
嘗てこの手に抱いたものは、
血のように紅い温もりか、
それとも、名もなき祈りか。
今となっては、知る術もない。
罪は枯れず、赦しも芽吹かず。
頬を掠める冷たい風が、
遠い日の幻を運んでくる。
嗤うがいい、嘲るがいい。
この心は既に、生きてなどいない。
だが、あの日の
たった一つの誓いだけは、
この一輪の花の姿で、
今もここに、咲いている。
赤く、紅く。
咲くのは、一輪の花。
花の揺らめきに映るのは、
お前の面影。唯一の想い出。
儚く、静かに。
それでも、決して散ることなく、
咲き続ける。
魔法
静寂の中、
ひとひらの雪が落ちる。
指先に触れ、すぐ消える。
まるで私たちの愛のように、
儚く、脆く、熱に消えるんだ。
「愛してる。」
それは呪いの言葉だったのか。
囁くたびに、君は遠ざかる。
私の声が届くたびに、
君は遠くへ離れていく。
かつて君は、
私を見詰めてた。
冬の湖のような静かな瞳で。
けれど、その光はもう、
私を映さない。
冷たい硝子の向こう側で、
君は私に背を向ける。
だから私は、
君の背中に魔法をかけた。
時よ戻れ、と。
切なる願いを込めて。
この手が触れた最後の瞬間を、
永遠に閉じ込めるために。
君は微笑んだまま、動かない。
嘗て私を愛した証として、
永遠を生きるんだ。
けれど、私は知っている。
それはただの幻だと。
魔法はいつか解ける。
君は私の腕の中で消え、
私は独り、取り残される。
この、醜くて残酷な、現し世に。
君と見た虹
灰色の空に滲む微かな光。
指先に触れた刹那、
氷のような温度が、
胸を締めつけた。
「虹が出ていますね」
微笑む君の声は、
余りに遠く、酷く儚い。
七色の橋が架かるたび、
私たちは同じ夢を見た。
けれど、君は、
知っていたのだろう?
虹は決して、
触れられないものだと。
君の瞳に映る色彩は、
静かに、静かに、
闇へと溶けていく。
そして君は、横たわる。
糸の切れた、
操り人形のように。
頬を伝う雨粒。
差し伸べた私の手は、
もう何も、掴めなかった。
──君と見た虹。
私の心には、
今もあの日の、
虹が残っているのに。
ならば、
君と見た虹の想い出ごと、
この胸を銀の刃で
壊してしまおう。
独りで生きるには、
この世界は、
あまりに残酷だから。
夜空を駆ける
冷たい月の光が、
そっと、頬を撫でる夜。
お前の影を追いかけて、
心は暗闇を駆ける。
指先に触れることはない、
その輝く瞳。白い肌。
名前を呼んでも、
星のざわめきに消えてゆく。
夜風に揺れる後ろ髪が、
刃のように胸を裂く。
決して振り向きはしない、
お前の後ろ姿を、
ただ、見つめ続けた。
伝えられない想いは、
闇に溶けて、
ひとひらの霧となり、
お前の足元に散っていく。
もしも、翼があれば、
絶望の夜空を裂いて、
飛べただろうか?
お前の隣で、同じ星を、
見上げられただろうか。
だが、空は遠く。
お前は遠く。
希望も遠い。
この手は、
今夜も虚空を掴むだけだ。
夜空を駆ける。
名もなき影として。
俺はただ、
お前を追い続ける。
…永遠に。