ひそかな想い
部屋の灯りが滲む夜に、
そっと目を閉じ、
君の声を思い出す。
名前を呼ばれるたび、
只の幼馴染じゃない事を、
ひそかに願った。
並んで歩く帰り道。
ほんの少し肩が触れて、
それだけで心が震えた。
でもきっと。
この胸の痛みの意味を、
君は、知らないまま。
君を想うたび、
胸が締め付けられる。
こんなにも苦しいのなら、
いっそ、知らないままで、
いたかった。
いつの日か。
笑う顔が、優しさが、
誰かのものになるんだろう。
その未来が分かっているのに。
それでも、
君が微笑むたび、
心はまた奪われて。
君を好きでいることを、
どうしても、やめられない。
届かないと知りながら、
それでも、君を想ってしまう、
この、ひそかな想いを、
そっと、消してしまえれば、
どれだけ楽だろう。
けれど、今夜もまた。
滲んだ灯りの中で、
ひそかに君を、
想ってしまうんだ。
あなたは誰
満月の夜に、
私は見てしまったのです。
貴方が私ではない人と、
愛を囁き合う姿を。
貴方は誰、ですか?
私の知る貴方は、
私だけを愛していて、
他の誰をも愛さない筈。
貴方は誰、ですか?
私の愛した貴方は、
私を愛した貴方は、
何処へ消えてしまったのですか?
漆黒に染まる心が、
全てを壊せ…と、囁きます。
変わってしまった貴方も。
貴方を奪った人も。
見捨てられた私さえも。
気が付けば、
貴方は静かに横たわり、
その身には、
真紅の薔薇が、
咲き乱れていました。
『君を家族の様に愛していた。』
貴方の最期の言葉が、
耳から離れてくれません。
だから、貴方に口付けます。
そっと頬を撫でながら。
もう直ぐ私も、
貴方の傍に行きますから。
寂しくないでしょう。
―あんな男など居なくても。
遠くに横たわる、
憎き人間だったものは、
見ないことにしましょう。
貴方の私への愛が、
友愛であったことは、
知らないことにしましょう。
あんな男は、
初めから居なかったのです。
貴方が愛していたのは、
私…だけなのです。
そう耳打ちながら、
罪の赤に濡れた銀の刃を、
この胸に沈めます。
貴方は永遠に私だけのもの。
私は永遠に貴方だけのもの。
―この愛の誓いとして。
手紙の行方
何度も手紙を書く。
『ごめんね』
『話を聞いて』
『逃げないで』
言葉にすれば、
壊れてしまいそうな願いを、
便箋にそっと綴り、
震える手で封をする。
静かな夜。
私はその手紙を、
焔に焚べる。
揺らめき、瞬く炎が、
私の心を包み、
刹那の輝きとともに、
やがて灰となる。
そう。
君には決して届かない、
私の想い。
それでも。今夜もまた、
行方を知りながら、
私は手紙を書き続ける。
――『君をまだ愛してる』
輝き
夜の底に沈むように、
私の想いは、
緩やかに壊れていく。
触れた指先の温もりが、
まだこの肌に、
焼き付いているのに、
君はもう…居ない。
君の瞳に映っていた私の影は、
もう、何処にも無くて。
今は、目の前で微笑む、
愛しい彼だけを映しているんだ。
それでも私は、独り。
君の面影を探してた。
闇の中で見つけた、
微かな、輝き。
それが、最早手の届かない、
名残だと知りながら。
君は、私を愛したことが、
あったのかな?
それとも。
ただ寂しさを埋めるだけの、
夜の戯れだったの?
答えを聞くこともなく。
私の想いは、ただ。
記憶の狭間に溶けていく。
でも、それでいいんだ。
君が幸福であるのなら。
私はただ、消え去るだけ。
今はもう…遠い記憶となった、
あの夜の輝きとなって――
―――
時間よ止まれ
お前は少し照れた顔で、
優しく微笑んでいた。
お前が居て、
俺が居る。
ただ、それだけ。
それなのに——
この瞬間が、
何よりも愛おしく、
何よりも幸せだった。
風がそっと髪を撫で、
遠くで鳥がさえずる。
世界はゆっくりと、
流れているのに、
この時間だけは、
永遠のように感じた。
束の間の休息。
誰にも邪魔されない、
穏やかなひととき。
時間よ、止まれ。
この温もりを、
この景色を、
心に焼き付けるために。
何度願っても、
時は無情に過ぎていく。
それでも——
お前と過ごす、
この一瞬が、
俺の世界の、
唯一の希望なんだ。
君の声がする
俺は眠る。
闇と光が混ざり合う、
混沌とした夢の世界で。
希望のない現実よりも、
この曖昧な暗闇のほうが、
まだマシだと思った。
目を覚ましたくない。
だって現実は、
夢よりも遥かに醜悪で、
残酷だから。
だから、ずっと眠っていよう。
世界の終わりまで。
俺は眠る。
心の奥まで、
闇が染み込んでいく。
だけど、それすらも、
最早、心地良かった。
汚泥に沈むように、
悪夢の深海に、
沈んでいく。
——その時。
僅かな煌めきに、
君の面影を見た。
君の声がする。
現し世に残してきた、
俺の唯一の、心残り。
誰よりも大切な人。
俺は夢の深淵に沈みながら、
懐かしい声に向かって、
手を伸ばした。
だけど——
その手は、
何も掴めなかった。