小さな勇気
ずっとずっと。
俺は、君を見ていた。
君には気付かれないように、
…そっと。
君と俺は親友。
それで満足だって、
自分に嘘を吐き続けて。
俺は君の隣で、
友達として、笑ってる。
君が誰かに微笑むたび、
俺の心には、
小さな波紋が広がって、
静かな湖面に、
小石を落としたみたいに、
心が騒つくんだ。
本当は君の視線を、
独り占めしたいんだ、って。
そんな想いを、押し殺し、
密かに唇を噛み締める。
俺の中の、小さな勇気を、
砂漠で砂金を求める様に、
一粒ずつ掻き集めて、
君に、この想いを伝えたい。
俺の身勝手だと、
分かっているけれど、
君の一番になりたい、って。
でも。
そんな、小さな勇気も、
君の、凛とした笑顔の前では、
繊細な氷の彫刻の様に、
儚く砕けて、溶けてしまうんだ。
わぁ!
人の憎悪が黒く渦巻く、
この世の中で、
必死に生きてきて。
柔らかな心は、
石のように冷たく固まり、
感情の泉は、
枯れた井戸のように涸れ果て。
私は、今日も、
まるで人形のように、
何も映さぬ冷めた眼で、
世間を見つめます。
春の色鮮やかな花々にも、
夏の蒼い空に浮かぶ白い雲にも、
秋の紅く染まる木々にも、
冬の粉雪舞う街の景色にも、
最早、心は微塵も震えず、
ただ 日々を生きるのみ。
貴方の様に、
わぁ!
…だなんて、
ときめきに心を弾ませ、
素直に喜ぶことが出来たなら、
どれほど、幸せでしょうか。
どうか貴方は。
この黒く醜い、
悪意溢れる世界に、
その輝く瞳と柔らかな心を、
奪われることのないように。
煌めく満天の星の美しさに、
眼を輝かせている、
貴方の背中を見つめ、
私はそっと祈るのです。
終わらない物語
貴方は、私の隣で、
静かに眠っています。
身動ぐことも、
鼓動を刻むことも、
呼吸をすることさえ、
ありません。
そっと、貴方の頬に触れます。
貴方の身体からは、
少しずつ、その温もりが、
失われていくのが分かります。
「もう、大丈夫」
そう語りかけながら、
愛しい貴方の口唇に、
小さなキスを落とします。
悪意渦巻くこの世界で、
苦しみ続けた貴方。
そんな貴方に、
私は、永遠の安らぎを、
与えてあげたのです。
私は、
最期の朱に染まる貴方を、
そっと抱き締めます。
「今から私も
貴方のもとへ逝きますから」
と、囁き微笑みかけます。
私は、
貴方に安らぎを与えた、
冷たくも美しい、
銀の刃を手に取ります。
何も怖くはありません。
私達が記していくのは、
終わらない物語、
なのですから。
やさしい嘘
あの日、貴方は、
苦しそうな眼をして、
私の元を去っていった。
私を、傷付けないように。
…そう、願って。
だから、私は貴方を、
忘れようとしたけれど。
愛しい貴方の面影は、
壁に刻まれた傷の様に、
消えてはくれなかった。
それでも、私は、
ずっと、貴方を想っていた。
貴方だって、きっと、
気付いていた筈。
それなのに、貴方は、
人形みたいな、すまし顔で、
やさしい嘘を吐く。
『お前の事なんか、忘れた。』
…だ、なんて。
本当は、貴方も、
心で泣いていたのに、
その涙を隠して、
独りで、消えようとした。
『もうお前を、
愛してはいない。』
そんな、言葉さえも。
貴方のやさしい嘘だって、
分かっちゃったから。
貴方が紡ぐ、やさしい嘘は、
切ない程に脆くて、
残酷な程に優しい、
貴方の心、そのもので。
だけど、
私には、嘘は吐けない。
だから…言うね。
『それでも
貴方を…愛してる。』
瞳をとじて
さぁ、瞳を閉じて。
その瞼をそっと下ろし、
全ての現実から目を背けて。
そうすれば、君と私は、
本物の恋人同士の様に、
恋という甘い海の幻に、
溺れることが出来るから。
お互いの瞳を閉じて、
只、お互いの温もりだけを、
感じられれば、
あの日、失った恋さえも、
幻の幸せの中で、蘇るから。
今、この瞬間、ここにいるのは、
君と私だけ。
だから、お願い。
今だけは、私だけを見詰めて。
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どうか、瞳を閉じて。
何も見えないふりをして。
何も気付かないふりをして。
失った恋も忘れたふりをすれば、
私と貴方は、
本当の恋人同士の様に、
愛に身を委ね、
揺蕩うことが出来る筈。
ふたりで瞳を閉じて、
只、お互いの存在だけを、
感じられたなら、
待ち人が帰ってきたという、
小さな嘘も、信じられる筈。
今、この瞬間、ここにいるのは、
貴方と私だけ。
だから、お願いです。
今だけは、私を抱き締めて。