霜月 朔(創作)

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やさしい嘘


あの日、貴方は、
苦しそうな眼をして、
私の元を去っていった。
私を、傷付けないように。
…そう、願って。

だから、私は貴方を、
忘れようとしたけれど。
愛しい貴方の面影は、
壁に刻まれた傷の様に、
消えてはくれなかった。

それでも、私は、
ずっと、貴方を想っていた。
貴方だって、きっと、
気付いていた筈。

それなのに、貴方は、
人形みたいな、すまし顔で、
やさしい嘘を吐く。
『お前の事なんか、忘れた。』
…だ、なんて。

本当は、貴方も、
心で泣いていたのに、
その涙を隠して、
独りで、消えようとした。

『もうお前を、
愛してはいない。』
そんな、言葉さえも。
貴方のやさしい嘘だって、
分かっちゃったから。

貴方が紡ぐ、やさしい嘘は、
切ない程に脆くて、
残酷な程に優しい、
貴方の心、そのもので。

だけど、
私には、嘘は吐けない。
だから…言うね。

『それでも
貴方を…愛してる。』

1/25/2025, 6:18:47 AM