あなたとわたし
私と貴方は、
夜にだけ寄り添う、
幻の恋人。
夜明けが近づくけれど、
まだ、夢の中で、
心はそっと重なり合う。
月明かりが消えても、
貴方の温もりは、
私の胸に残る。
でも、朝が来れば、
私たちはそれぞれ、
現実へと戻るだけ。
名前のない関係。
恋人とは呼べず、
友達とも違う。
けれど、心だけは、
繋がっていると信じたい。
この一瞬の夢の中で、
貴方は確かに、
私のものだったから。
また夜が来れば、
貴方は私に微笑んでくれるかな?
それとも、
この一夜が、最後の夢なのかな?
未来を知る事は出来ないから、
今はただ、この思い出に、
身を委ねて、眠りたいんだ。
いつかまた。
貴方と手を重ねる夜が来る事を、
願いながら、
そっと目を閉じる。
朝が来れば、
貴方と私は、
互いの影を心に刻んで、
日常へと溶けていく。
「さよなら」じゃなくて、
「またね」って、呟いて。
柔らかい雨
柔らかい雨が降る。
街の灯も、森の緑も、山の稜線も、
灰色の霧に溶け込んでいく。
そして、お前も。
柔らかな雨の狭間に
姿を隠してしまった。
立ち去る前に見せた、
どこか淋しげな笑顔が、
余りに儚くて。
俺は、柔らかい雨の中、
お前を探し、彷徨い歩く。
お前は独り、
柔らかな雨の中に
立ち尽くしていた。
「柔らかい雨だから、
濡れたりはしませんよ」と。
強がるお前を、
そっと抱き寄せる。
その身体は、とても冷たかった。
…こんなに冷たくなるまで、
ひとりで耐えていたのか。
俺は言葉を飲み込む。
今のお前には、
重荷になるだろうから。
柔らかい雨が降る。
お前の双眸から、
静かに溢れる雨粒を、
俺は気付かぬ振りをして、
お前を、抱き締める。
ただ静かに、
お前を抱き締め続ける。
…雨が止むまで。
一筋の光
俺は暗闇の底にいた。
全てを失い、
抜け殻の様に斃れていた。
何も残ってはいなかった。
最愛の友も、希望も、信念も、
…生きる意味さえも。
憎しみが俺を支配する。
全てを壊したい。
心の奥底から湧き上がる衝動が、
この世界を、不条理を、運命さえも、
破壊し尽くせと、俺を誘う。
神と刺し違えてでも、
終わりにしたい。
…そう願った。
俺は闇の中で、
全ての破滅を望む。
悪意が魂を蝕み、
悪魔が囁きかける。
その時。
一筋の光が、
鋭く闇を裂いた。
最後の希望にすがるように、
俺は、手を伸ばす。
「お前は、独りじゃない」
そんな声が、
聞こえた気がした。
哀愁を誘う
街が、山が、森が。
秋の燃えるような赤から、
冬の静かな茶へと、
静かにその姿を変えていく。
冷たさを増す風が、
木々の間を鋭く吹き抜ける。
番を失ったのだろうか。
一羽のカササギが、
淋しげに枝に留まり、
遠い空を見詰めている。
その孤独な姿に、
独りきりなのは、
私だけではないのだと、
哀愁を誘う景色に、
ふと、安堵する自分がいる。
繋いでいた手を振り解き、
自ら殻に閉じ籠もったのも、私。
再び差し伸べられた手に、
背を向けたのも、私。
吹き荒ぶ秋風の中、
私の手は冷たく、空虚だ。
だが、それは、
私自身が選んだ道だ。
空っぽの手で、
拳を握り締める。
彼の幸せを祈りながら、
彼とは、逆向きの未来を見据え、
私は独り、歩き出す。
鏡の中の自分
私が恋い焦がれる彼。
純粋な心、輝く瞳、
太陽のように眩しい笑顔。
手を伸ばしたくても、
罪に塗れ、穢れ切った私は、
彼の隣に立つ資格がない事は、
私自身が、よく知っています。
それでも、
心の底では、
彼の心が欲しいと、
願ってしまうのです。
密かに彼の姿を、
視線で追い掛け、
誰にも知られぬ様に、
想いを募らせるのです。
もし、本当に彼を愛しているなら、
この感情を封じ込め、
彼が、私ではない誰かと、
幸せになる事を、
祈るべきなのに…。
だから私は、
鏡の中の自分に、
そっと告げるのです。。
『彼の幸せを望むなら、
この恋は叶えてはなりません。』
その言葉は冷たく鋭く、
私の心に突き刺さります。
それでも、
彼が笑顔でいられるなら、
私は独りでいいと呟いて、
そっと、微笑みます。
なのに、
鏡の中の自分は、
滲んだ瞳で、ぽつりと、
涙を落としていました。