霜月 朔(創作)

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11/2/2024, 6:28:55 PM

眠りにつく前に。




静かな夜の闇が、
街を優しく包む時刻。
私達は、刹那の恋人に変わる。

昼間は他の人に向けられる、
愛しい貴方の微笑みは、
今は、私だけのものになる。

心の奥底に沈んだ、
過ぎ去った恋の影に、
気付かぬふりをして、
貴方に向けて囁くのは、
甘く、切ない、愛の言葉。

貴方の温もりが、
心の傷を癒すと信じて。
私に儚い愛を求める貴方を、
この腕に抱いて、
私もまた、幻の恋に身を窶すんだ。

今だけは。
貴方は、私だけのもの。
私は、貴方だけのもの。
私達を引き裂くものは、
何もないから。

だから。
何もかも、分からなくなる位。
私に甘えて、そして、溺れて。
全てを忘れられる位、
貴方を愛してあげるから。

眠りに就く前に、
もう一度、抱きしめて。
もう一度、唇を重ねて。
貴方の温もりを、
私の記憶に刻む為に。

朝が来たら、
私達は只の友達に戻る。
それが、私達の定めだから。

11/1/2024, 7:35:28 PM

永遠に


貴方は、私の全て。
だから、私は、
貴方の全てになりたいのです。

私は貴方の胸に、
冷たい銀の刃をそっと滑らせ、
引き抜きます。
貴方の胸から溢れ出す、
愛おしい、貴方の生命の赤。

静寂の中で、
私は貴方を抱き締めます。
力無く横たわる、
貴方の温もりを、
最後まで感じたいのです。

今にも消えそうな、
貴方の呼吸を、
全て受け止めたくて。
冷たくなった貴方の唇に、
そっと口付けます。

もう、大丈夫です。
貴方は私の手で、
永遠の安らぎを、
手に入れたのですから。

私は自らの胸に、
血に染まった刃を当て、
深く差し込みます。

鮮紅の流れは、
貴方の赤と一つになり、
二人を紅く染めていきます。
混じり合う赤は、
貴方への愛の誓いの証。

これで、貴方は、
永遠に――私のもの。
これで、私は、
永遠に――貴方のもの。

だから、私達は。
ずっとずっと。
一緒ですよ。

10/31/2024, 8:37:02 PM

理想郷



君は、ただそこに佇んでいた。

幾ら話しかけても、
微かに揺らめく事は無く。
硝子玉のような瞳は、
何一つ映し出すことなく、
ただ、虚空を見つめていた。

この世に理想郷など、
存在する筈もないから。
醜く汚れた現世で、
血反吐に塗れて、
生きるしかない。

それが、人の定めだと、
私たちは知っている。

だが。それは、
余りに純粋な君には、
耐え難い苦しみだった。

君は、心を閉ざしてしまった。
心臓は動き、体温は感じられるのに、
その身体からは、
生命の息吹が失われている。
まるで精巧な人形のように、
君の心は、現し世から
遠く離れてしまった。

私も君の元へ行くとしよう。
常世の国には、
理想郷があると聞く。
君と私で、探しに行こう。

此岸では、
守り切れなかった君を、
彼岸では、
必ず守ると誓おう。

この世で最後の我儘を、
どうか、赦して欲しい。

10/30/2024, 7:02:38 PM

懐かしく思うこと



俺の隣で、
すやすやと眠る君。
愛しい君の寝顔を見る度に、
胸にあふれるのは、
幼い日の記憶。

あの頃の君は、
恥ずかしがり屋で。
皆と遊びたい気持ちが、
言葉に出来なくて、
ひとりで部屋の隅に立っていたね。

あの頃の君は、
とても怖がりで。
小さな虫にも驚いて、
目の前に飛び出してくるだけで、
泣き声を上げてたね。

あの頃の君は、
とても甘えん坊で、
俺の後ろを、小さな足で、
一生懸命に追いかけて来たね。

懐かしく思うこと。
大切な想い出たちは、
こんなにもいっぱいあって、
一つひとつが宝物なんだ。

だけど。
今、こうして、
また、君の隣に居られる事が、
何よりも幸せなんだ。

だから。
これからも一緒に、
新しい思い出を刻もう。

空いてしまった時間を埋めるように、
たくさん、たくさん、
話をしよう。

人の悪意や運命によって、
もう二度と君と、
引き離されたりしない様に。
今度は俺が君を守るよ。

だから、どうか今は、
ゆっくりと眠って。
…俺の隣で。

10/29/2024, 6:32:36 PM

もう一つの物語



昔むかし、ある所に、
一人の男の子が居ました。

親に捨てられたその子は、
学も無く、金も無く、
今日を生きるために
ピエロになりました。

哀れなピエロは、
どんなに仲間に虐められても、
殴られても、蹴られても、
ピエロの仮面で涙を隠し、
笑って生きていました。

辛さを堪え、
笑いを演じなければ、
今日の食事さえも、
得られないのです。

ピエロは生きるため、
人々の笑顔を作りました。
けれど、ピエロ自身は、
自分の笑顔を、忘れてしまいました。

ある日、
ピエロの心は闇に沈み、
魂を悪魔に喰われました。

冷たい闇の中、
ピエロは仲間を見つけました。
世間に見放され、
蔑まれた人達でした。

それでも、ピエロにとって、
それは初めての安らぎでした。
そして、漸く。
彼は心からの笑顔を、
思い出したのです。

そして、彼は。
仮面を外し、
ピエロではなく、
一人の男の子に戻りました。


そして――
ここから始まるのは、
もう一つの物語。

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