暗がりの中で
暗がりの中で、
月光に浮かぶ、君の影。
闇に染まる、私の影。
静寂の帳に包まれ、
二人だけの、
愛の誓いを交わす。
この世で最期の誓い。
虚構の結婚式。
純白のドレスも、
軽やかなベールも、
華やかなブーケもない。
ただ、布の白に包まれた君。
互いの指に、
見えぬ指輪を交わす。
二人の温もりだけが、
唯一の証。
愛を誓い合い、
誓いの口付を交わす。
全てが消え去っても、
君と共にあるならば、
それだけで満ち足りる。
病める時も。健やかなる時も。
富める時も。貧しき時も。
そして、
…死せる時も。
暗がりの中で、
君と私は永遠を誓う。
冷たい静寂が深まり、
時は静かに止まる。
何があろうとも、
決して君の手を離さない。
さあ。二人で、
最期の一歩を踏み出そう。
…永遠の闇へと。
紅茶の香り
皆が眠りに就く、
静かな夜更け。
君は、何の前触れもなく、
私の部屋を訪れる。
…君と私の関係は、過去の事で、
君には、恋人が居るにも拘らず。
それでも。
顔を合わせた瞬間、
言葉も交わさず、
互いに求め合う口付け。
君から仄かに漂うのは、
…紅茶の香り。
華やかで爽やかな香りは、
君の恋人が好む、
ダージリンのストレートティー。
華やかな紅茶の香りが、
私の胸を締め付ける。
君の好きなワインの香りならば、
こんなに苦しくは、
ならなかっただろう。
今夜、君はワインよりも、
紅茶に酔いたかったのか?
そう問いかけながら、
ベッドの中で君に寄り添う。
君は言い訳もせず、
ただ静かに『御免ね』と謝るから。
それ以上、私には何も言えなかった。
明日の朝、目が覚めたら、
君に紅茶を振る舞おう。
私の好きな、スパイスを効かせた、
温かなミルクティーを。
愛言葉
君には恋人が居て。
私にも、想う人が居る。
それでも私は、
君を愛しているし、
君もきっと、
私を想ってくれている。
私と君との、
儚く甘い、この秘密の関係は、
決して赦されるものでは無いと、
分かってる。
だから、私と君は、
逢瀬の約束に、
合言葉を使うんだ。
アメジストとワイン。
二つの言葉を、
会話の隙間に、
そっと忍ばせる。
それが、二人だけの秘密の合図。
今夜、また二人で過ごそう。
ワインのように、
情熱の紅に染まりながら。
けれど、
アメジストがあれば、
きっと悪酔いはしないから。
君と私の関係は、
ワインに酔い痴れる様に、
罪深く、不確かなもの。
それでも、手放す事は、
出来ないから。
アメジストとワイン。
悪酔いを防ぐ、お呪い。
それは、
許されない二人の、
愛言葉。
友達
貴方にとって、私は
今も…友達でしょうか?
私は、ずっと貴方のことを
友達だと思っていました。
幼い頃は、一緒に遊び、学び、
大人になっても、
悩みを分かち合い、
共に過ごしてきました。
そんな中で。
私は貴方を、只の友達だと
思えなくなっていました。
ですが、この気持ちを、
貴方に隠しているのです。
もし、この恋心を
貴方に伝えてしまったら、
きっともう、
貴方とは、友達では、
居られないでしょうから。
だから、私は。
この想いを、心の奥に隠して、
幼い頃と変わらず、
貴方の友達として、
微笑みかけるのです。
貴方にとって、私は
今も…友達でしょうか?
行かないで
君はいつだって、
皆の頼れる存在で、
優しくて、格好良くて。
俺はずっと、
そんな君に憧れてた。
でも、
君が俺の側にいてくれたのは、
俺が、君の友達の中で、
一番頼りなくて、
放っておけない存在だったから。
…だよね。
君にとっての俺は、
きっと。
心配で目を離せない、
頼りない友達でしかない。
その事は、ずっと分かっていた。
それでも、君の側にいられるなら。
俺は、その優しさに、
甘えていたんだ。
だけど、君に新しい後輩ができた。
仕事も、慣れない事も、
全て、一から教えてあげるべき、
真っ新な存在だ。
君が、彼の側にいる時間が、
俺よりも増えるのは、当然だよね。
どんなに優れた人でも、
初めは、何も知らないんだから。
行かないで。
心が締め付けられる。
叶わない願いが、
俺の胸の奥で、揺れている。
行かないで。
でも、俺にはこの言葉を、
君に伝える勇気なんて、
何処にもないんだ。
行かないで。
だから、俺は。
心の中で呟くんだ。
…君には聞こえない声で。