霜月 朔(創作)

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理想郷



君は、ただそこに佇んでいた。

幾ら話しかけても、
微かに揺らめく事は無く。
硝子玉のような瞳は、
何一つ映し出すことなく、
ただ、虚空を見つめていた。

この世に理想郷など、
存在する筈もないから。
醜く汚れた現世で、
血反吐に塗れて、
生きるしかない。

それが、人の定めだと、
私たちは知っている。

だが。それは、
余りに純粋な君には、
耐え難い苦しみだった。

君は、心を閉ざしてしまった。
心臓は動き、体温は感じられるのに、
その身体からは、
生命の息吹が失われている。
まるで精巧な人形のように、
君の心は、現し世から
遠く離れてしまった。

私も君の元へ行くとしよう。
常世の国には、
理想郷があると聞く。
君と私で、探しに行こう。

此岸では、
守り切れなかった君を、
彼岸では、
必ず守ると誓おう。

この世で最後の我儘を、
どうか、赦して欲しい。

10/31/2024, 8:37:02 PM