「明日世界が終わるなら……」、枠だけ確保しておくね(´・ω・`)
連休終わった途端に胃腸炎やねん……(´・ω:;.:...
〈君と出逢って、〉
孫の大空が、また口をへの字に曲げている。
テーブルの端に追いやられたのはほうれん草の胡麻和えだった。五歳というのは、好き嫌いの主張が板についてくる年頃らしい。
「──大空(そら)。ちゃんと食べなさい」
長男の央が箸を止めて言う。隣に座った嫁のまどかも困ったように笑っている。
「パパだってしいたけ嫌いじゃん」
大空がすかさず言った。
央が「それはまあ……」と言葉に詰まる。まどかがくすりと笑いを堪えた。
「おじいちゃんだって、なんでも食べるでしょ」
妻の悦子が孫に向かって言った。
「好き嫌いしないから、ずっと元気なのよ」
私はグラスに手を伸ばしながら、曖昧に頷いた。
──いや、そうでもなかったんだけどな。
心の中だけで呟く。口には出さない。六十三年生きてきて、人に言わずに済ませることの多さを、私はそれなりに心得ている。
****
セロリが駄目だった。あの青くさい匂いが、どうにも受けつけなかった。
思い出すのは、四十年近く前のことだ。まだ悦子と出逢う前に付き合っていた女性のことを、私はたまに思い出す。
名前は記さないでおく。ただ、料理の上手な人だった。
外食したとき、サラダに入っていたセロリをよけたのを見られた。
「おいしいのに。もらっていい?」
彼女は躊躇なく、私の皿からセロリを取って食べていた。
ある夜、彼女の部屋でミートソースを御馳走になった。濃くて旨いソースで、私は黙って二皿平らげた。
食べ終わってから、彼女がふふっと笑った。
「セロリ、入ってたよ」
私が固まると、彼女は「多分、匂いがダメなのよ」と言った。
「炒めちゃえば平気なのよ。
細かく刻んで、最初によく炒めてから入れるの」
それから彼女は、何かと工夫をしてくれた。
ミネストローネに入れるときは野菜の甘みが出るまで煮込んだ。ビーフシチューには香味野菜として溶け込ませた。
セロリを薄く切って明太子とマヨネーズで和えたものを食べたとき、私は初めてセロリの風味をおいしいと感じることができたのだ。
そうして、私はいつの間にかセロリを(少なくとも食卓の上では)食べられるようになっていた。
「……君と出逢って好き嫌いを克服できるとは思わなかった」
彼女は笑う。
「いろんなこと、こういう風に克服できるといいのにね」
私にはその言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
──結婚には至らなかった。
どちらが悪いというわけでもなく、ただ一緒には歩けないという結論を出した。
別れの後、私はようやくあの言葉を咀嚼した。
彼女は今もどこかで、誰かのために丁寧なミートソースを作っているだろうか。それとも、もう料理などしない暮らしをしているだろうか。
****
大空が渋々、ほうれん草を口に運んでいる。悦子がよしよしと頷いている。
「子どもって、食べられないものがあるの当然よね」と悦子が言った。
「央だってひどかったんだから。ピーマン、トマト、きのこ全般」
「しいたけはまだ駄目だけどな」
央が苦笑いした。
「大空に言えないね、それじゃ」とまどかが笑った。
「工夫したのよ、こっちは」悦子は少し得意そうに言った。
「セロリもね、匂いで嫌いにならないようにってよく煮込んで、ビーフシチューに入れたりとかね」
「お義母さんオリジナルなんですか?」
まどかが興味深く訊いている。
悦子は少し間を置いた。
「おじいちゃんが好きなのよ。
どこで覚えたのかは知らないけど」
私はグラスを持ったまま、動けなかった。
一秒か、二秒か。
悦子はもう大空の方を向いて、「ほら、もう少し」と笑いかけていた。
食卓は賑やかなままだった。何事もなかったように。
「おじいちゃんと出逢って、私もいろんな料理の仕方を覚えたわ」
悦子が続けた。誰にともなく、ただ明るく言った。
私はグラスをそっとテーブルに戻した。何か言おうとして、やめた。言葉にしてしまうと、この柔らかな空気が変わる気がした。
大空がまたほうれん草を端に寄せる。央がすかさず「こら」と言った。
私はそれを眺めながら、静かに箸を持ち直した。
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〈耳を済ますと〉も更新しました。
よろしければ読んでね(´・ω・`)
〈耳を澄ますと〉
五月の光は、思ったより強い。
カーテンを少しだけ開けたままにしていると、午後の日差しがフローリングの上に細長い四角を作っていた。わたしはソファに横になって、その四角がゆっくりと移動していくのを、特に感動もなく眺めていた。
ゴールデンウィークが始まって、もう四日が経つ。
実家に帰るか、と考えたのは最初の一日だけだった。
ニュースではターミナル駅の混雑を流している。乗り換えと人の多さを想像した瞬間、気力が萎んでそのままベッドに倒れ込んだ。
二日目は、学生時代の友人と渋谷で飲んだ。仕事の愚痴を言い合い、久しぶりに笑って、終電で帰ってきた。それ以外は、ほとんどここにいる。
疲れているのだ、とようやく気づいたのは昨日のことだった。
四月は、目が回るような速さで過ぎた。
毎朝六時半に起きて、慣れない路線を乗り継いで、名前も覚えきれない人たちにお辞儀をして、マニュアルを読んで、メモを取って。
それでもわからないことだらけで、夜になると何もする気になれなくてそのまま眠って、また朝になる。
そういう日々が一ヶ月続いた。充実していた、と思う。
でもその充実は、気づかないうちにわたしの中の何かを少しずつ削っていたらしい。
今日はテレビをつける気にもなれず、ただ、天井を見ていた。
そうしていると、音が聞こえてくる。
耳を澄ますと、意外なほどいろんな音がある。
換気扇の低い唸り。道を走り抜けるバイクのエンジン音。どこか遠くで子どもが何かを叫んでいる声。風が窓を鳴らす、ごくかすかな音。
隣の棟から、話し声が漏れてくる。集合住宅の壁越しに届くから、言葉の輪郭はぼやけているけれど、親子だとわかる。低い声と高い声が、のんびりと交互に現れる。
怒っているわけでも、笑っているわけでもない。ただ、話している。昼下がりの、何でもない会話。
その声を聞きながら、わたしは自分の連休というものを思い返してみた。
学生の頃の五月は、どうだったろう。
アルバイトが入っていることも多くて、でも友達と予定を詰め込んで、夜は遅くまで騒いで、体力だけで乗り切っていた気がする。
実家にいた頃の連休は、もっと輪郭がぼんやりしている。特別なことは何もなかったけれど、家の中にいつも誰かがいた。それだけのことが、当時は当たり前すぎて見えなかった。
スマホが震え、母からの通知を表示する。
『帰ってくる?』
たったそれだけの文字をなぜかしばらく見ていられず、私は天井を見上げた。
──通りを行く人たちの声がまた聞こえてくる。
笑っている。家族連れだろうか。この連休を、外で過ごしている人たち。
わたしは天井を見たまま、返信を考えた。
『帰ろうかな』
気づいたら、そう打っていた。
送信してから、自分で少し驚いた。帰る気なんてなかったのに。でも指はそう動いた。
返信はすぐに来た。
『待ってる』
それだけだ。でもわたしはその三文字を見た瞬間、台所に立つ母の姿を思い浮かべた。
帰ると言えばきっと、わたしの好きなロールキャベツを作って待っている。何時に帰る、食事はどうするとも連絡していないのに、なぜか炊き込みご飯まで用意している。そういう人だ。
胸のあたりが、じわじわと温かくなる。疲れているのか、ほっとしているのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、電車の時間を調べようと思った。乗り換えが二回ある。バスに乗れば、二時間もかからないはずだ。
換気扇が回っている。隣の親子の声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
フローリングの四角い光は、もう窓際まで移動していた。
〈二人だけの秘密〉
【sideA】
三上も結婚かあ、と上野が大げさに息をついた。
「もっと遊んでから決めればよかったのに」
居酒屋の喧騒の中、上野の声だけがやけに通った。久しぶりに顔を揃えたゼミの仲間たちが、いっせいにこちらを向く。
ビールジョッキを持ったまま苦笑いを作ろうとしたとき、真島若葉が笑った。
「ほんとそれ。三上くんと一度くらい遊んでおけばよかったわ」
冗談めいたその言葉は、柔らかい声だった。周りもどっと笑う。
真島若葉。ゼミ時代から才色兼備という言葉がこれほど似合う人間を、俺は他に知らない。
今はベルリンに拠点を置いて家具デザインの仕事をしているらしく、帰国はひさしぶりだと聞いていた。
俺は曖昧に頷いて、ジョッキを口に運んだ。遊んでおけばよかった、か。
その言葉の中に、本音が少しでも含まれているかどうかなど、確かめる術もない。
****
三時間ほどで店を出ると窓の外はすでに霧雨で、夜景が滲んで見える。
エレベーターが来て、誰かが「詰めて詰めて」と言った。十人近くが押し合うように乗り込み、俺はあと一歩のところで扉が閉まるのを見た。真島若葉も乗り損ねていた。
二人分の沈黙が、狭いロビーに落ちる。
「……向こうで暮らすのは、長くなりそうなの?」
俺が言うと、彼女は少し考えるように天井を見た。
「わからない。
でも、向こうの方が生活しやすいのは確か」
エレベーターが降りてきた。扉が開く。
二人で乗り込むと、鏡張りの壁に、俺たちが並んで映った。
ボタンを押した指を、彼女がそっと覆った。
──気づいたときには、俺の唇に彼女のそれが重ねられていた。
酒の匂いがした。柔らかくて、あたたかくて、俺の頭の中は一瞬、完全に空白になった。
何か言おうとして口を開こうとすると、彼女の人差し指がそっと俺の唇に触れた。
ただそれだけで、すべてが封じられる。彼女は静かに笑みを浮かべ、俺を見ていた。
エレベーターの速度が落ち、ほんの少しの浮遊感が身を包む。
扉が開く音がした。
****
ロビーに出ると、仲間たちが傘を広げながら笑い合っていた。
真島若葉はすいと輪の中に入って、誰かの傘に潜り込みながら「タクシー呼んだ?」と声をかけた。エレベーターでのことなど、何もなかったみたいに。
俺はコートのポケットに手を入れたまま、しばらく動けなかった。
──これは、二人だけの「秘密」だ。
誰にも言わない。婚約者にも、上野にも、おそらく彼女にすら、もう一度この話をすることはない。
エレベーターの鏡の中で一瞬だけ存在して、そのまま扉の向こうに消えたもの。
霧雨が、コートの肩をしっとりと濡らした。
三上、早く来いよ、と上野が呼んでいる。
俺は一度だけ深く息を吸って、笑顔を作って、歩き出した。
──────
【sideB】
三上くんが結婚するらしい、と聞いたのは、ベルリンから帰国する二日前だった。
へえ、と思った。それから、ああ、と思った。
大学のゼミにいた頃から、三上くんの横顔や背格好が、どこか父に似ている気がしていた。
はっきり意識したことはなかったけれど、今こうして思い返すと、確かにそうだった。夕暮れの中を歩く父の背中、呼びかけて振り返ったときの横顔──そういうものと、どこかが重なっていた。
****
居酒屋は騒がしい。久しぶりに聞く日本語が、どこか水中から届くようにくぐもって聞こえた。
上野さんが三上くんをからかっている。もっと遊んでおけばよかったのに、と。
私は笑いながら、そうね、と言った。
「一度くらい遊んでおけばよかった」、なんて。
口に出してから、自分が何を言いたかったのか、少しわかった気がした。
ビールをもう一杯頼んだ。
****
父が死んだのは、一ヶ月ほど前のことだった。
葬儀には間に合わなかった。いや、正直に言えば、間に合わせようとしなかった。
連絡をくれたのは伯母で、電話口で何度も『ごめんね、若葉ちゃん』と繰り返す。謝らなくていいのに、と思った。
ひどいことをされた記憶はない。ただ両親が別れて、私が母についていって、それだけのことだった。
父も伯母も、どうすればいいかわからなかっただけだろう。私だってそうだったのだから。
帰国してから、父の実家に線香をあげに行った。伯母が用意してくれた小さな骨壷と、白黒の遺影。写真の中の父は、私の知らない顔をしていた。
記憶の中の父は、夕暮れの中を歩く背中で存在している。小走りで追いかけて、名前を呼んで、振り返ったときの横顔。その一瞬だけが、妙にくっきりと残っている。
ずっとそこで止まったまま、父は私の中で年を取らなかった。
線香の煙が、細く、まっすぐに上がった。
****
三時間ほど飲んで、外に出た。
エレベーターに乗り切れなかった。気づいたら、三上くんと二人だった。
「向こうで暮らすのは、長くなりそうなの?」
彼の問いにわからない、と答える。
母とも離れ、異国の地で誰にも干渉されることなく仕事に打ち込めるようになって、私の心の荷物は軽くなった。
向こうの方が生活しやすいという言葉に嘘はなかった。
****
エレベーターが来た。二人で乗り込む。鏡の中に、私たちが並んでいた。
彼がボタンを押した。少し俯いた、その横顔。
見た瞬間に、心が揺り動かされる。似ている、と改めて思った。
やわらかくて、確かで、こちらに気づいていない、そういう横顔。
夕暮れの中で振り返った、あの一瞬と。
──気がついたら、触れていた。
唇が、彼の唇に触れた。
一瞬だけ。それで十分だった。
彼が何か言おうとする唇に、私は人差し指をそっと当てる。
何も言わないで。
説明できないし、する気もなかった。
父に似ていたから。
酔っていたから。
それでいい。それ以上でも以下でもない、ということにしておこう。
扉が開いた。
****
仲間たちの輪に戻る。誰かの傘に入れてもらって、タクシーを呼ぼうとした。
背後に三上くんの気配があった。振り返らなかった。
これは秘密。彼に向けたのではなく、自分自身に言い聞かせるように。
霧雨が、アスファルトをしずかに濡らしていた。
日本の雨は、ベルリンより少しやわらかい。そのことに、今夜初めて気がついた。
やぁ(´・ω・`)
枠だけ確保しておくよ(´・ω・`)
「優しさだけで、きっと」ってフレーズさぁ(´・ω・`)
「その優しさだけで、きっと私は生きていける」とか
「その時の優しさだけで、きっと後は続かない」とか
否定でも肯定でも使えるよね(´・ω・`)
……はい(´・ω・`)
じゃ(´・ω・`)
(´・ω:;.:...