汀月透子

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 その週のはじめ、ニュースで彗星の話題を見た。
 発見されたばかりで、周期もわからない。もしかしたら、今しか見られないかもしれない──そうアナウンサーが言う。
 写真に映る淡い尾を見て、胸の奥がふっと熱くなった。

 思わず彼女にメッセージを送った。
 「今週末、西の空で見えるらしいよ。行こう」
 すぐに「いいね!」という返信が来た。
 けれど、それが社交辞令のひとことなのか、本気の返事なのかは、少しわからなかった。

 そして週末の夕方。
 俺は、約束していたショッピングセンターの屋上駐車場にいた。
 時刻は17時半。日没の余韻で空はまだ明るく、星のひとつも見えない。同じ目的の人もいるようで、どこに見えるのか話し声が風に流れてくる。
 念のため、彼女に再度メッセージは入れておいたが、既読はついていない。
 彗星のことなど忘れているのかもしれない──そんな予感が、じわりと広がる。

 俺はカメラを取り出した。
 趣味で使っているデジタル一眼。望遠レンズの重さが、手にずしりと伝わる。
 西の空が少しずつ茜色から群青に変わる頃、遠くの地平線にぼんやりとした光が浮かんだ。
 肉眼では星か飛行機か判別できない。だが、ファインダーを覗くと――そこに、細く長い尾があった。
 思わず息を呑む。
 淡いレモン色を帯びた光が、夕暮れの残照をすり抜けるように伸びている。
 心臓が高鳴った。
 昔、父と二人で彗星を探していたときの古い星図を思い出す。端が擦れて線の消えたその紙片──あの時の星図はどこを示していただろうか。


 冷えた風が頬をなでたそのとき、背後で声がした。
 「……やっぱり、ここにいたんだ」

 振り向くと、息を切らした彼女が立っていた。
 「ごめん、出るのが遅くなっちゃって。間に合った?」
 「ギリギリ。もう沈みかけてる」
 俺はカメラのモニターを見せる。
 そこには、淡い光の尾が、ゆるやかに地平へ沈もうとしている姿。
 彼女は小さく息をのんで、指先をそっと画面に近づけた。
 「ほんとだ……きれい」

 ふたりで並んで西の空を見た。
 もう肉眼ではほとんど見えない。だが、確かにそこに在るとわかる。
 彼女が小さく笑って言った。
 「次に見られるの、いつなんだろうね」
 「周期がまだ不明なんだって。だから、今日が最初で最後かもしれない」
 「じゃあ、ちゃんと見られてよかったね」
 光は沈み、風が少し強くなった。

 日が完全に落ちると、屋上の照明が煌々と光る。
 その明かりの下、彼女の横顔が少しだけ赤く染まって見えた。
 消えた星図に、新しい線がまたひとつ刻まれた気がした。

 次に見られるのはいつかわからない、隣にいる人が一緒にいるかもわからない。
 でも、この夜空の下でほんの一瞬、確かに同じ光を見た──それだけで十分だと思えた。


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追記
レモン彗星見たくて書きました、次に来るのは1400年後?!とか

見える方向は北西~西に移動していきます
21日に地球最接近しますけど、月末ぐらいまで見頃ですってよ奥様!
見頃は18時半~19時ぐらいかな?この前のアトラス彗星よりは見やすいと思います
前回はこの辺りかなとスマホで撮影→一緒に写ってる建物や木などを目印にデジカメで撮影→尾っぽも写ったヤッター!てなりました

10/16/2025, 9:31:00 PM