汀月透子

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〈friends〉

 「ねえ、私たち友達でしょ?」
 その言葉を聞くたび、喉がつかえるような気になる。

 昼休み、学食の隅。莉紗がトレイを持って隣に座る。テスト前だけ、いつもこうして寄ってくる。
 そして「ノート見せて!」と当たり前のように言ってくる。

 先週も、先々週も。莉紗は試験前や課題の提出日が近づくたびに、決まって同じセリフを口にする。普段は別のグループでキャンパスライフを謳歌しているくせに、困ったときだけすり寄ってくる。

 ノートを貸して、過去問を見せて、わからないを連発するから答えて。
 終われば、彼女はまた別のグループに戻っていく。まるで私という人間が、便利な道具であるかのように。

 でも、「お願い!」と言われると「うん、いいよ」とつい笑ってしまう。
 嫌われたくない。孤立したくない。そんな気持ちが、喉の奥に引っかかって、何も言えなくなる。

「ごめん、今日は早く帰らないといけないから」

 私は曖昧に笑って断った。莉紗は少し不満そうな顔をしたが、すぐに別の子に声をかけに行った。
 
 夜、自宅でスマホを見つめる。グループチャットでは、莉紗たちが明日のカフェ巡りの話で盛り上がっていた。私は誘われていない。指先が冷たくなっていく。
 「友達って、何だろうね」
 思わず、声に出していた。部屋の中に、私の声だけが響いた。

 思い出すのは高校のときの友人、茜のこと。
 彼女とは何を話しても楽しかった。愚痴でも夢でも、笑いながら聞いてくれた。テスト前にノートを貸しても、返すときに「ありがとう、助かった!」と、コンビニのチョコをくれた。
 見返りを求めたわけじゃないけど、そんな小さな気遣いが、今はやけに恋しい。

 次の日の講義中、前の席に座っていた莉紗が振り向いた。
「ねえ、ノート見せて!」
 反射的にノートを差し出しそうになったけれど、私は一呼吸おいて手を止める。
「ごめん、今集中してまとめとるから」
 莉紗が一瞬、信じられない!と言わんばかりに目を見開く。
「そこ、講義中だぞ。前を向く!」
 講師から咎められ、莉紗は無言で前を向いた。胸が少し痛んだけれど、不思議と後悔はなかった。

 放課後、図書館の窓際に座ってノートを開く。ペンを握る指が軽い。ふと横を見ると、同じゼミの優奈が静かにレポートを書いていた。
「ここだとノート貸してなんて言われないからいいよね」
 独り言のように、小さく優奈がささやいた。
 普段、彼女とは軽くゼミ課題の話をする程度の仲。けれど彼女も莉紗から「ノート貸して!」攻撃にあっていたんだろう。さっきの莉紗の顔を思い出し、私は小さく笑った。
「あとでカフェ行かない?
 新しいとこ気になる☕」
 優奈がノートの端に書いて見せてくる。
「おけ👌」
 私も同じく、書いて見せた。
 
 友達って、たぶん損得勘定じゃない。
 一緒にいて心地いいとか、相手の幸せを願えるとか。そういう感情の積み重ねなんだと思う。莉紗に違和感を覚えるのは、そこに温度差があるからだ。
 自分の都合でつながるんじゃなくて、互いの時間を少しずつ分け合うこと。沈黙が気まずくなくて、言葉がなくても安心できること。それが「友達」。

 高校時代、茜の横で安心していられたのは茜のおかげだったんだなぁ……
 何があるわけじゃないけど、茜に連絡しよう。彼女の人懐こい笑顔が無性に恋しくなった。

 カフェの窓辺で、優奈とゼミ課題の話をゆったりと続ける。優奈も、甘いココアのように優しく笑う。
 ゆったりとした気持ちで、湯気の立つカップを手に取りながら、私はそっとつぶやいた。
 「うん、これでいい」

 もやもやしていた喉のつかえが溶けていった。


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寝落ちしちゃって、起きたら下書きが消えましたシクシク
どーこでーこーわれーたぁのーおーfriends~

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更新しました。レベッカの「friends」、40年前の曲と改めて思い出して身震いしてますブルブル……

10/21/2025, 12:01:04 AM