私は、これまでずっと自分を隠して生きてきた。
女の子は、女の子らしく生きていかなければならないらしい。
小さい頃、私が男の子向けのおもちゃを欲しがると、母は困った顔をして、女の子向けのおもちゃを勧めてきた。
おばあちゃんも「女の子なんだから、もっと女の子らしくしなさい」とよく言っていた。
毎回そんなことを言われるもんだから、あれが好きだとかこれがいいだとか言いづらくなってしまって、次第に女の子らしいものを選ぶようになった。
巾着袋も本当はリボンよりも恐竜のがよかったし、ランドセルも赤じゃなくて黒が良かった。
制服でもスカートなんか履きたくなかったし、髪も短いほうが好きだ。
ジェンダーとかそういうのじゃないから、男の子になりたいわけじゃないけど、ただ、好きなものを好きでいれたらいいのになと思う。
「みんな席につけ〜。転校生を紹介するぞ」
先生が教室に入ってきて、その後ろを、なぜかジャージを来たショートカットの男の子がついて歩いていた。
キラキラとした笑顔が印象的な、綺麗な顔立ちの子だった。
「じゃあ、自己紹介して」
「はい!東京から来た、西野 優っていいます。部活はバスケ部に入ろうと思ってます。えっと、これからよろしくお願いします!」
元気よく自己紹介をする西野さんに対して、クラスメイトたちは凍りついていた。
だって、西野さんの声はどう聞いても“女の子“の声だったんだから。
「はーい、質問!」
そう言って手を上げたのは、クラスのお調子者の吉岡くん。
「西野さんって、性別どっちなんですかー?」
吉岡くんは、みんなが気になっているであろうことを、おちゃらけながら質問した。
「こんな見た目ですけど一応女です!髪は短いのが好きだし、ジャージはスカートよりも好きなので着てます!あっ、別に心が男ってわけではないんで、特に気使わないでもらって大丈夫です!」
その返答に、クラスがザワザワと騒がしくなる。
「あざす〜」と吉岡くんは友達とニヤニヤしながら言っていた。
みんなが好奇の目を向ける中、私はまっすぐに好きなものを好きと言って、周りの目を気にせず堂々とする彼女を尊敬してしまった。
ホームルームの後、吉岡くん集団とか、ちょっと意地悪な女の子集団が揶揄い混じりに西野さんに話しかけていた。
ちゃんとは聞いていなかったけれど、嫌味とか冷やかしのようなことも言われていたと思う。
それでも彼女は全部笑い飛ばして、まっすぐな目をしていた。
「私もあんなふうになれたらな……」
西野さんへの興味を抱きつつも、話しかける勇気もなくて、結局その日1日何も話せずに下校時刻になってしまった。
彼女の姿を思い出しながら帰り道を歩いていた時。
「すみませーん!」
と、後ろから声が聞こえた。
振り返るとこちらに駆け寄ってくる西野さんがいた。
「やっぱり!同じクラスの人だよね!」
「えっ、そ、そうだけど……」
「前を歩いているのが見えたから、帰り道一緒なのかなって思って声かけちゃった!一緒に帰ろ〜!」
(西野さんから話しかけてくれるなんて思わなかったから、びっくりしちゃった)
そんなこんなで彼女と一緒に帰ることになった。
「そういえば名前、なんていうの?まだみんなの名前覚えきれてなくてさ〜」
「私は葵って言うんだ、東 葵」
「葵ちゃんかー!素敵な名前だね!」
「あ、ありがとう」
「葵ちゃんはさ、私に普通にしてくれてるよね」
「えっ」
「ほら、私こんなだからさ、変な目で見られがちなんだけど、自己紹介のとき、葵ちゃんだけそういう目してなかったように見えたからさ」
突然そんなことを言われて、どきっとしてしまう。
でも、これはチャンスだと思った。
「西野さんは、西野さん自身は変だと思ってるの?」
「そりゃあ、変なんじゃないかと思うよ。多くの人たちとは違うからさ」
「そうなんだ……」
「でも、好きなものを押し殺してた時より、今の方が楽しいんだ!今の自分の方が好きだから平気!」
「……!!」
そう言って笑う彼女を見て、これが彼女と自分の違いなのだと実感する。
「わ、私も、一緒なんだ」
「ん?何がー?」
「今まで隠してきたけど、私も、本当は女の子っぽいものよりも、男の子みたいなものが好きなんだ」
彼女は少し驚いたような顔をしたけど、一瞬でキラキラした笑顔を見せた。
「えっ、えっ!じゃあ私と一緒なんだ!本当に!?嬉しい〜!!」
「本当だよ。だから、好きなものを堂々と言える西野さんのこと、すごいなと思ってて」
「え〜!ありがとう!」
好きなものを伝えて、こんなに肯定してもらえたのは初めてでちょっと恥ずかしくなってしまう。
「葵ちゃんは髪とかスカートとか、嫌だと思わないの?」
「もちろん嫌だよ!でも、家族や周りの人に嫌な顔されたくないから……」
「えー、似合うと思うけどなぁ、センター分けとかさ!綺麗な顔してるんだからきっと凄く似合うよ!間違いない!」
「そ、そうかなぁ」
「そうだよ!ていうか、私に切らせてくれないかな!?」
「えっ!」
予想外の提案に驚いてしまう。
「私さ、実は美容師目指してて、髪とか切れたりすんるだよね!だから、安心した任せて欲しい!」
「それは嬉しいけど、周りの人なんて言われるか……」
「大丈夫だって!私もいるんだし、2人なら怖くないよ!お父さんお母さんも最初は言ってくるだろうけど、すぐ慣れると思うし!」
あまりにもキラキラした目でそう言うので、なんだか本当に大丈夫な気がしてくる。
「こういうのは勢いだよ!」
そういたずらっぽく笑う彼女に、乗っかってみようと思った。
「じゃ、じゃあ、お願いしようかな」
「まかせなさーい!」
そうして私は、これまでずっと長くしていた髪を切った。
ついでにスカートもクローゼットに片付けた。
お母さんもお父さんも「そんなに短くしてどうするんだ!」と怒っていたけれど
クラスメイトたちにも好奇の目で見られたけれど
優ちゃんが言っていたように、好きなものを押し殺してた時より、今の方が楽しいからいいんだ。
お題『これまでずっと』
「なんて送ったらいいかな〜!!とりあえずあいさつして、そこから会話続けたい!」
今日、勇気を出して好きな男の子のLINEを聞いた。
同じクラスで、物静かだけどみんなから好かれている子。
入学当時からずっと気になっていて、ずっと話しかける勇気が出なかったけれど、友達の協力もあってやっと交換できたLINE。
好きな人とのLINEは最初のあいさつだけでも緊張してしまう。
どれくらいの長さで、絵文字は何を使って、スタンプはちょっと可愛いのがいいけど、狙いすぎているのはNGだとか、色々考える。
そんなふうに頭を悩ませて30分ほどが経ち、ようやく納得のいくメッセージができた。
「お、送った!!どうしよう!?やっぱり変だったかな……」
ようやく最初のメッセージを送って、あとは返信を待つだけだ。
「……!既読ついた!」
メッセージを送って5分もしないうちに既読がついた。
たったそれだけの事でも、心臓が飛び出しそうなくらい激しく鼓動を打った。
「返信、考えてくれてるのかな」
そわそわして待っていると、通知音が鳴り、彼からの返信が来た。
「よろしくね」と言う、彼のイメージとは異なる、可愛らしいうさぎのスタンプ。
「えっ、こんなスタンプ使ってるんだ!?ギャップじゃん!!」
知らなかった彼の好みを知ることができて、勇気を出してLINEを聞いてよかったなと思う。
たった1件、それだけのLINEだけど、好きな人との初めての特別なLINEだった。
お題『1件のLINE』
目が覚めると、窓の外は夜の闇に包まれていた。
机の上は眠る前のままだったけれど、部屋を見渡すと、彼の荷物が跡形もなくなくなっていた。
まるで、初めからこの家にいなかったみたいだ。
彼の物が無くなっても、まだ微かに部屋には彼の匂いだけが残っていて、それが虚しかった。
腫れた目を擦り、彼がもういない現実をじわじわと受け止める。
朝、おはようと笑い合うことも
行ってらっしゃいと言うことも
おかえりと言うことも
おやすみと言うことも
もうできないんだ。
眠る前のことは全部夢で、目が覚めたら全て無かったことになって、また今まで通り笑い合えたらよかったのにな。
お題『目が覚めると』
「ごめん!今日出席コード送ってくれない?」
大学に入学して、2ヶ月ほど経った時、時折、友達がそんなLINEをしてくるようになった。
分かりやすいように、A子とでも言おうか。
「えっ……?」
A子だけじゃなくて、この時期になるとたくさんいたクラスメイトの3分の1ほどが授業をサボるようになっていたかもしれない。
授業に出席するのが当たり前だった私には、違和感しかなかった。
体調不良など、仕方ない理由ならわかるけど、みんな本来講義のある時間に、ごはんや遊びに行っているストーリーを載せている。
サボるのも自由だから別にいいと思うけど、わざわざ授業に来てる人に出席のコードを聞いたり、こっそり出席カードを書かせたりするのはなんだか嫌だ。
嫌だったのに、A子との関係が壊れるのが怖くて、私は渋々出席コードを送るようにしていた。
他にも、A子に対して違和感というのだろうか、なんだか合わないなと思うことがあった。
自分の使った椅子をしまわない。
貸したウェットティッシュを飛び出したまま返してくる。
何かしてもらってもお礼を言わない。
まだ教授が話をしているのに教科書を片付け始める。
など、小さなことだったけれど、自分の当たり前とA子の当たり前が違うように感じていた。
それから何ヶ月か経った頃。
A子もう1人の友達B子と一緒に、共通の友達C子の誕生日を祝うことになった。
A子とB子の企画で、サプライズパーティをしよう。
そんな話になっていた。
でもそこで、違和感が大きくなっていったんだ。
3人でお祝いするって話だったはずなのに、なぜかA子とB子の2人で決めた内容を私に共有されていた。
日取りもケーキも2人で決めていて、最初は私もなんでもないふりをして
「色々考えてくれてありがとう!」
「それは素敵だね!」
「任せきりになっちゃって申し訳ない……」
と返していた。
「私なら、ちゃんとみんなで話し合えるようにするのにな」
なんて思いながらも、2人だけで取ってる授業もあるし、最近会えてないから仕方ない。
そう思い込むようにしていた。
しかし、パーティー当日、我慢の限界が来てしまった。
急遽、パーティー前に買い物に行くと言われて、2人が車で迎えに来た。
行き先は100円均一。
「プレゼントをラッピングするやつが欲しいんだ!」
とA子が言った。
「この袋は?」
「えー、それじゃちょっと小さいんじゃない?」
「こっちの方がいいかな!」
「あとあれも買わなきゃだよね!」
話に全くついていけなかった。
3人で割り勘してプレゼントを贈るはずだったのに、どうしても私になんの話もなくプレゼントを買ってしまったのだろう。
私だって、C子が大切だから何かしてあげたかったのに。
どうして2人だけで全て決めてしまったのだろう。
場の雰囲気を壊したくなくて。
1番ダメなのは主役のC子が悲しむことだと思って。
買い物の時も、パーティーの時も、悔しい気持ちも悲しい気持ちも押し殺して笑顔を作った。
悪気はなかったのかもしれない。
自分で気づいていないだけで、私が何か2人に嫌なことをしてしまっていたのかもしれない。
なんにせよ、私にとっての当たり前と、2人にとっての当たり前が違ったんだと思う。
それから私は、だんだん2人と距離を置くようになった。
それから数日が経った頃。
グループを離れた私に、C子が
「実は2人に違和感を感じていた。私もグループを抜ける」
と打ち明けてきた。
その時C子から聞いた2人の知らなかった一面が恐ろしくて、「そんなことをする子だったんだ」
と少しトラウマになりかけた。
あれからしばらく経ったけれど、C子とは今も仲良しだ。
「みんなと仲良くしなさい」と、小さい頃は再三言われて来たけれど、当たり前が一致する人と一緒に過ごすのは、やはり心地がいいと思う。
お題『私の当たり前』
真っ暗な夜に車の窓から遠くに見える街の光を眺めることが、幼い私のちょっとした楽しみだった。
街を照らす色とりどりな数多の光が、流れるようにキラキラする様子が、まるでテーマパークにいるみたいで、心を踊らせた。
「綺麗だね〜!」
妹とそう言いながら、その光を眺めるのが好きだった。
実家は田舎にあったので、家に近づくに連れて街の光が減っていくのが、少し寂しかった記憶がある。
そんな楽しい気持ちも、少し寂しい気持ちもしっかり覚えているのに。
いつからか、窓の外に流れる街の明かりを見ても何も思わなくなってしまった。
それ以前に、窓の外を見ること自体少なくなってしまった気がする。
あの頃キラキラして見えた光も、今じゃただの景色に過ぎない。
それが少し寂しい。
お題『街の明かり』