好きな人が死んだ。
性格には“殺された”というのが正しいのかもしれない。
私の好きな人は、遠い世界にいる人で、話すことも触れることもできない人。
カッコつけで自信家に見えて、それでも裏ではたくさん悩んで、まっすぐに生きている。
そんな彼が大好きだった。
側から見たら、現実見ろよって言われるかもしれないけど。
それでも、ずっとずっと大好きだった。
ある日、告げられた殺害予告。
「サービス終了のお知らせ」
頭を強く殴られたような、そんな衝撃が走った。
私の大好きな彼に、一生会えなくなってしまう。
片想いできるだけでも幸せだったのに、それすらもできなくなってしまう。
それかは時間が経つのが恐ろしく早くて、無情にもその日は来てしまった。
一方的に終わらせられた恋。
私は、これから何に縋って生きていけば良いのだろう。
……こんな気持ちになるなら、好きになんてならなければよかったのに。
お題『失恋』
昔から、本音を言うのが苦手だった、
「あれがしたい」「これがいい」「それは嫌だ」
そんな簡単なことが言えなくて、周りに合わせることは一人前で。
自分を出さない方が大体上手くいくから。
本当の自分を見せなければ傷つくこともないから。
ずっと、そうやって生きてきたのにーー
「あんたはどうしたいんです?」
風変わりな彼が、私の目を見てそう問いかける。
いつも通り、周りに合わせて取り繕っていたのに。
私の意見なんて、伝えたところで大したものじゃないのに。
「わ、私は……」
本音を言おうとすると、声が震えて、言葉が詰まる。
今まで自分を出してこなかった罰だろうか。
「ゆっくりでいいですよ」
それなのにいつも、嫌な顔ひとつせずに私の言葉を、正直な気持ちを聞いてくれる。
「あんたのアイデアのおかげで助かりました。ナイスです」
私の考えをまっすぐに認めてくれる。
そんな彼に伝える、嘘偽りのない、私の正直な気持ち。
「私を見つけてくれてありがとう。あなたがいてくれてよかった」
お題『正直』
私は、雨の日が好きだ。
雨の日特有のあの香り。
ポツポツと部屋の屋根を叩く音。
五月蝿いはずなのにどこか静かに感じられる。
そんな特別で素敵な日。
だけど、そう思ってるのは私だけみたいでーー
「うわぁ、今日も雨じゃん。もう梅雨入りかなぁ」
「マジで髪うねって調子悪いんだけど!せっかく綺麗に巻けたのに萎える」
「今日傘持ってきてないし、マジだるい〜」
みんなは雨が嫌いらしい。
(たしかに髪が崩れるのは嫌だけど、雨も悪くないのにな…)
まぁ、感じ方はそれぞれだから仕方ない。
それはさておき、こういう雨の日にだけやってみることがある。
放課後、人の寄りつかない秘密の空き教室。
その静かな空間で、少しだけ窓を開けて、そっと目を閉じて耳を澄ます。
そうすると雨の音が、香りが、全身で感じられるから好きだ。
ガラガラガラ……
秘密の教室の扉を開けると、珍しく先客がいた。
見たことない男子生徒。おそらく下級生だろう。
「あっ、すみません」
「いえいえ、こちらこそ。この教室、使いますか?」
「いえ、他の教室を使うので大丈夫です。失礼しました……」
「あっ、待ってください。先輩、よくここに来てますよね。雨の日に」
「えっ」
なんでそんなことを知っているのだろう。
この人とは会ったことがないはずなのに。
「僕も、雨の音とか聴いてると落ち着くので、こういう日はよく残って勉強してるんです。毎回空き教室を探したりして」
「……!わ、私もこういう日はよく残ったりしてて、自分以外に雨が好きな人、初めて会いました。珍しいですね」
「先輩こそ」
そうして、少しだけ雨の話をして、雨に浸って、その日は帰った。
また雨の日は会えるかもしれない。
雨がたくさん降るこの季節、またひとつ、秘密が増えた。
お題『梅雨』
「〇〇ちゃんって、本当に純真無垢!って感じだよね〜!」
「なんでそんなに優しいの!」
こういう言葉をよく言われる。
人に優しくすると感謝されて、所作を丁寧にすると清楚に見られる。
悪口を言わないように気をつければ、性格がいいと言われる。
みんながふざけて下品なことを言っている中で、困ったように笑えば純粋だと言われる。
そういう私を演じている。
だって、そうすればみんな私のことを嫌いにならないでしょう?
親切に穏やかに接して損はないから。
「心が綺麗だね」って、私の腹の中を知ってもそんなことが言えるのだろうか。
この世界で本当に無垢な人間は幼い子どもくらいだと思う。
無垢な人なんていない。そう見える人がいるなら、その人は“無垢を演じるのが上手い人”だろう。
「〇〇ちゃん、ありがとう!助かったよ〜!」
「純粋な〇〇ちゃんに変なこと言わないで!!」
今日も私は無垢な良い人を演じる。
真っ赤な嘘で塗り固められた、無垢な私を。
お題『無垢』
その日、私は何も言わずに家を出た。
持ち物は、僅かな財産を詰め込んだ財布と電車に乗るためのICカードだけ。
時刻表も何も見ず、その時ちょうどきた電車に乗り込んだ。
行き先は決めていない。
気が済むまで、行けるところまで行こう。
田舎の電車は空いていて落ち着く。
ガタンゴトン
電車に揺られて、ぼーっと窓の外を眺める。
あぁ、自由ってこんなにも良いものなのか。
なんでもっと早く実行しなかったのだろう。
この小さな逃避行が、ずっと続くなんて思ってないけど。
今はもう少しだけ、この自由で終わりのない旅を楽しもう。
お題『終わりなき旅』