香草

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4/17/2025, 12:39:33 PM

「遠くの声」

仲間の最後の一人が膝をついた瞬間、おれは絶望した。寄った町や村でで一番の腕っぷしと言われる奴らを勧誘してこのダンジョンまで辿り着いた。
どんなに強い敵でも協力してなんなく倒してきた。魔王を倒すのは俺らのパーティーだ、と自信を持って立ち向かった。故郷に帰ったときの凱旋の様子まで想像していた。しかし決して慢心していたわけではない。日々鍛錬は怠らなかったし、魔王を倒すために綿密な計画まで立てていた。冒険を続ける中でパーティの絆も深まり連携も取れていた。
しかし魔王の部屋に入った瞬間に仲間がバタバタと倒れていった。あっという間の出来事だった。まるで赤子の手を捻るように魔王は攻撃を躱し、目にも止まらない速さで反撃を繰り出す。
防御する暇もなくモロにダメージをくらう。
こんなの勝てるわけない…。
魔王は仲間がいなくなった俺を静かにじっと見つめている。フードを目深にかぶっていて顔がよく見えない。
足が逃げ出したいと言わんばかりに震える。

「久しぶりだね」
腹の奥に響くような声がした。目の前の魔王から発された声ということは理解するが、真後ろや真横から聞こえてくるような感覚だ。
そしてその声には聞き覚えがあった。
「え…」
幼い頃、村の道場で一緒に練習していた幼馴染の一人。実力は互角で将来村のエースとなるのは俺かそいつかと噂されていたほどのライバル。確かにそいつの声だった。
いつか勇者として一緒にパーティを組んで魔王を討伐する、道場からの帰り道、高らかに約束し合った時のあの声。
しかしそいつの家は火事になって一家全員死んだのだ。骨も残らないほど酷い火事で、俺は親友を亡くした喪失感で道場をやめたのだ。
「お前死んだんじゃ…」
「死んでないよ。助けてもらったんだよ。当時の魔王にね。あの日、誰かが俺の家に火をつけて両親が死んだ。俺の両親はあの国ではなかなか有名な医者だったから財産目当ての強盗だったんだろう。俺はちょうど遠くの井戸に水を汲みにいっていたから火事は免れた。だけど家は炎に包まれていて帰るべき場所を失った。俺は絶望したよ。どうしたらいいか分からなかった。だけど、その時魔王に助けてもらった。ちょうど俺のように腕が立つ人間を探していたらしい。俺は魔王の下で鍛錬を積み、いつか両親を殺したやつに復讐できる日を待っていた。そんな俺に魔王が力をくれたんだ。全ての人間を殺せばいつか両親を殺した奴にも復讐ができると。」

魔王がフードを外した。記憶の中の笑顔とは程遠い血走った目が俺を見つめている。
「お前も俺を助けてくれよ。俺と村のエースの座を競い合ったお前なら百人力だよ」
声色が優しくなり、目を細める魔王。
妖しさが一層増し、恐怖で崩れ落ちてしまいそうなほど膝が震えている。
「なあ、あの時おれら約束したの覚えてないのか…?」
意図せず声が震える。
「約束?」
「ああ。いつか俺たちパーティを組んで魔王を倒そうって」
腹に力を入れて叫ぶと多少震えはおさまった。
魔王はああ、と思い出したかのように笑った。
「そんな約束忘れてたよ」
シンと手足が冷えるような感覚がした。
俺は剣を抜き魔王に向かって走り出した。
しかし魔王が纏わせている青白い光にガチッと跳ね返される。
記憶の中の遠くの声が消えていく。

4/14/2025, 7:25:47 PM

「未来図」

春といっても教室はまだ寒く、窓際の席はクラスのマドンナの隣よりも人気だった。
運良くくじ引きで勝ち取った俺と親友は、さらに運良く前後の席となり毎日最高な休み時間を過ごしている。晴れの日の昼休みなんて温かい日差しも相まって意識が飛びそうになる。
その日も晴れた春の日だった。

「なあ、進路表提出した?」
親友が前の椅子に座ったままくるりとこちらに顔を向けた。1週間前担任から進路について考えるようにと用紙を配られた。
「当たり前にまだだけど?」
俺は机に突っ伏して手放しそうな意識を集中させて答えた。昨日は夜遅くまでゲームをやってたから授業中からずっと眠い。
「だよなー。期限いつまでだ?」
「今週の金曜じゃね?てか未来のこととか分かんねえし考えても無駄だよな。俺は適当に近くの大学書いとくわ」
俺は大あくびしながら言った。いくらやりたいことがあったとしても社会が変化するうちにやりたいことも変わるだろう。俺はそういう人間だ。

親友は少し黙り込むと、
「お前いつもそんな感じじゃん。もし未来が分かったらどうすんの?」と聞いた。
「そりゃ、大儲けよ。宝くじとか株とかで。で、一生働かずに過ごす」
「それいいな」
親友が笑った。「まあ、教えねえけどな」
俺は親友がボソッと言った言葉を聞き逃さなかった。
「何?お前未来わかんの?」
冗談のつもりで、そんなわけねーじゃんとツッコミが来ると思っていたが親友の目は笑っていなかった。
「お前誰にも言わないって誓える?」
ああ、ノってくる感じね。コイツ未来人になりきってるわ。
「言わねー!言わねー!教えろよ!」
こちらも負けじとはしゃぎ立てる。
親友は机の横に掛けているカバンからガラス板を取り出した。よく見ると薄く電子基盤が透けているような気がする。こんなインテリアあったよな…。分厚いガラスの中に立体的な彫刻が刻まれているやつ。
親友がガラス板に手をかざすと、ぼわんと映像が頭に流れ込んできた。
夢を見ている感覚で意図しない景色が次から次へと流れ込み脳の理解が追いつかない。
電車からの走る景色を全て目で追おうとしている時と同じように目が回る感覚。
そして見える景色がまるで地獄のようで俺はひどい目眩がした。

気付いたら昼休みは終わっていて5時間目の授業中だった。
寝てた?いつのまに?
あんなに晴れていたのにいつのまにか雨が降り出しそうなほど分厚い雲に覆われている。
昼休みの目眩がまだ残っている気がする。なんなら吐き気もする気がする。
けれどなんで目眩がしたのか、何が起こったのか、モヤがかかったように思い出せない。
ぼんやりしていると5時間目終了のチャイムが鳴った。
「そういえば進路表の提出、金曜日までだからな。早く出せよ」
担任がでかい声で言うと、教室を出て行った。
「なあ、進路表提出した?」
親友が前の椅子に座ったままくるりとこちらに顔を向けた。
「え?」
俺は既視感を感じて聞き直す。

「進路表だよ。お前どうせ近くの大学とか書くんだろ」
親友が笑って言った。あまりにもいつも通りの日常すぎて何もかもが気のせいだったと気づいた。
おれ昼休み寝てたんだわ。変な夢見て気分悪くなっただろ。
「どうせってなんだよ。その通りだよ」
俺も笑って親友の肩を小突いた。
未来なんて分からないんだから、無難に生きていけばいいんだよ。俺はそういう人間だ。
しかしひどい夢だった。
戦争とか大地震とかやけに生々しい光景で、まだ背中の脂汗が引いていない。
もしあんなのが未来だとしたら俺はどう生きていくんだろう。

4/11/2025, 1:27:54 PM

「君と僕」

鴨居に吊りげられた2つの制服が春風を受けてゆらゆらと不安定に揺れた。
ボタンが全て無くなり裾や袖がほつれている制服とまるでアイロンをかけたばかりのようにシワ一つない制服。対照的な様相のくせに仲良くゆらゆらと揺れている。
縁側から春風が吹き込む和室は静かで心地よく読書にはピッタリだったが、青年は揺れている制服をちらりと見ると自部屋に引き篭もった。
恐らく母親が並べて干したのだろう。余計なお世話だ。俺がアイツのことどう思ってるか知ってるくせに。やっとアイツとの生活からおさらばできるのだ。なのにどうしてこんなにもイライラするのだろう。
乱暴に椅子を引くと本で溢れかえった机から卒業アルバムが落ちた。

高校はそこそこ楽しかった。友達は少なかったが趣味や目標を同じとする同士に出会えて切磋琢磨しながら健全な友人関係を築いた。
成績優秀者に選ばれて表彰もされた。
教師の期待が重く窮屈な思いをしたこともあったが、なんとか膝をつくことなく走ってこれた。
点数をつけるなら…90点といったところか?
満点に満たぬ理由のあとの10点は、認めたくないがアイツへの嫉妬だ。
青年は卒業アルバムを開いた。クラス写真のページには全く瓜二つの顔が並んでいる。切れ長のフレーム眼鏡をかけた真顔と金髪でやんちゃそうに笑っている顔。
全く同じ顔のくせしてまるで別人だ。
寄せ書きのページを開くとたった数個のメッセージと残り空白の2ページ。
青年はハア、とため息をついた。あいつのアルバムはきっと隙間がないほどのメッセージで埋められているんだろう。

優等生ではなかったものの学校中の人気者で、サッカーで全国大会に出場した双子の兄弟。
小さい頃は仲が良く、二人で一つを体現したような相棒で、全く正反対の性格ではあったがお互いの弱みを補い合い、互いの理解者だった。
しかし高校に入るといつのまにか疎遠になってしまい、なぜかアイツの友達の機嫌を損ねたことがきっかけで話すこともなくなってしまった。
正直、たくさんの人に囲まれて親や教師からの期待に束縛されずに自由に生きているアイツに憧れる気持ちはあった。また顔を突き合わせて笑い合いたいとも思っていた。
しかしもう、遅いのだ。
今さらアイツがこちらをどう思っているか分からないしそれを知ろうとするには時間が経ちすぎた。

考え込んでいると小腹が空いた。
冷蔵庫を物色しようとキッチンに行くと、ダイニングテーブルに卒業アルバムが置いてあった。アイツのだ。
今日もらったばかりなのにもうすでに背表紙の角が潰れている。
ふとどんなメッセージが寄せられているか気になりページをめくった。
予想通り色とりどりのペンでびっしりと書き込まれた3ページ。それだけに収まらず体育祭や文化祭などの写真が並んだところにまで書き込まれている。
どのメッセージもまた遊ぼう、忘れるなよ、といった言葉が並び持ち主がどれほど愛されていたかがすぐに分かる。なんだか悔しい。

『相棒』
黒のサインペン。小さな文字。ページの一番隅に書いたのにカラフルなページの中で一際浮いて見える。
あいつは細かい所までよく見ない性格だから気付かないかもしれないが、いつか昔のようにあいつと話をするきっかけになればいい。
そう思いながら青年はアルバムを閉じた。

4/10/2025, 1:32:31 PM

「夢へ!」

小さい頃から漫画を描くのが好きだった。
最初の作品はとてもくだらないものだった。うんちマンというヒーローがうんちをして悪者を倒すという話。
そのくだらなさがなぜか面白いと、小学生の頃に一躍クラスの人気者になった。クラスメイトにすごい、天才だと言われるたびに鼻が高くなり、将来は漫画家になる!と卒業文集にも書いたものだった。

しかし漫画家の世界は天才しか生き残れない。ストーリー、画力、話の構成、常人の予想を裏切るようなアイデア。努力すれば必ず実る世界ではない。漫画を描けば描くほど自分の無能さを突きつけられ、いつしかペンをとることはなくなった。
やっぱり俺には無理なんだ。漫画を描く側には行けないのだ。
でも漫画に関わる仕事はしたい、そう思って今の出版社に入社したのだ。

「へえ〜。そういう流れだったんすねえ」
隣に座っている新入社員が全て分かりきったように、うんうんと頭をふる。
俺のジョッキはすでに空だったが、まったく気にしていないようだ。仕方なく、新入社員の前にあるタブレットに手を伸ばして生ビールを注文する。
「あ、俺レモンサワーでお願いします」
新入社員は距離を詰めてタブレットを覗き込んだ。俺はお前の父親じゃないんだけどな。
「課長はもう趣味でも漫画を描いてないんですか?」
正面に座っている中堅社員が肉をひっくり返しながら聞いた。
「もう学生以来描いてないよ。たまに息子にせがまれて絵を描くくらいかな」
そうなんですね、と中堅社員が残念そうな表情を見せてジョッキをあおった。
少しの沈黙が訪れて肉が焼ける音と周りの客の話し声が急にはっきりと聞こえ出した。
新入社員はもう興味が失せたように肉をほうばっている。「おれは世界的大ヒット漫画を生み出したくてこの会社に入ったんです!」と熱く語り上司の俺に「課長はなんでこの世界に入ったんですか?」と聞いてきたくせに。

出版社に入ると世界的大ヒット作を世に出すのもそれもまた努力ではなんともできない運だと思い知った。
どれだけ良い作品でもより多くの読者に届ける必要がある。しかしどれだけアニメ化しようが映画化しようが世界的人気にはならない。俺たちの力だけではどうしようもないのだ。
「全部思うようにいかないことばかりだよ」
ジョッキを傾けながら口の中でつぶやく。
ビールの苦味が口の中に広がる。若手の頃は苦手だったビールも思い通りにいかないことを流し込むうちに気にならなくなっていった。
「俺はどんな手を使ってでもやり遂げますよ。夢なので」
新入社員はレモンサワーを飲み干して言った。
「若いね〜」茶化すように中堅社員が笑う。俺もつられて笑ったが、新入社員の真面目な表情に胸が熱くなる。
若者よ、お前は夢を諦めないでくれ。いつかの俺の夢もその熱で昇華させてくれ。

4/9/2025, 1:49:31 PM

「元気かな」

桜が散る季節になると毎年思い出す話がある。
中学2年の始業式の日。
せっかくの昼前下校なのだからとまっすぐ帰らずに、友達とうだうだとコンビニの前でたむろしていた。
その頃の俺は全てを見下して恐れ知らずだった。

真面目、努力というものが嫌いで、将来よりも今を大事にしたいという言葉を盾に、ルールや時間を全て無視していた。
家に帰って漫画や動画、アニメを見て時間を潰す。
むしろ将来の金のために今からあくせく勉強したり、丸坊主にしてまで部活を頑張っている奴らを見てそんなことして何になるとバカにしていた。いくら頑張ったって億万長者になれるのは一握りだし、甲子園に出たやつが全員プロ野球選手にはなれないんだから。
とにかく俺はしんどいことは嫌だし、みんながお行儀よく守っているルールも破りたい時に破れるのだ。

コンビニ前にあるスロープに座り込んでポテチの袋を開けた。
スーツの大人や背骨の曲がった老人がチラチラとこちらを見てくるが、その視線でさえ注目されていることを実感して気分が良かった。
そしてその視線の中にクラスメイトがいたのに気づいた。
制服の一番上のボタンを外し、姿勢を丸めて少しだらしない雰囲気でこちらを見ていた。
普段話すことはほとんどないが、時々話せば面白い奴だ。決してダサくはないしオタクでもない。俺らのグループに入れたいがなかなか深くまで仲良くなれない。ただ、ミステリアスな雰囲気をもつあいつに妙に魅かれていた。

声をかけるわけでもなく通り過ぎるわけでもなく、じっとこちらを見つめている。
「おい!帰るのか?こっち来いよ!」
視線に耐えきれず、声をかけた。密かに人気で面白いあいつを仲間に入れてもっと仲良くなりたいという気持ちもあった。
「自由だな」
クールで嘲笑を微妙に含んだその声は俺らを一瞬で黙らせるのには効果的だった。
ルールや時間に縛られない俺たちを羨んでいるような言い方だが、あの視線や声色はそうじゃない。
頭が一瞬混乱したところに追い討ちをかけるように彼はこう言った。
「自由なら責任を取らないといけない。お前らはすげえよ。おれはルールの下でぬくぬく暮らしてたい」
さすがに馬鹿にされてるのだと悟った。しかし彼の表現が普段俺が誇らしく思っていることに対しての自嘲と尊敬を含んでるものだから、どのくらいのテンションで怒ればいいのか分からなかった。

自由とは責任である。
大人になってからその意味をしっかりと理解した。
最強だった俺は社会に出たら最弱の存在だった。
自由に走ってきた責任を取らなければならなかったのだ。
俺が邪険にしていたルールは自分を守るための鎧だったし、時間は生きるための食糧だった。
あの時必死に部活や勉強していたやつは見事に一人残らず余裕のある生活をしていた。
クールなあいつは今何しているのだろう。元気にしているのだろうか。
今度会ったら不自由になった俺を腹の底から笑って欲しい。

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