香草

Open App
4/25/2025, 6:31:22 PM

外部お題:「マリオ」

クラス替えという強制人間関係シャッフルイベントから1ヶ月経つと騒がしかった教室も段々と落ち着いてきた。
俺がその様子を冷静に傍観できたのは、相棒とも呼べる幼馴染と同じクラスになれたからだ。
母親同士が仲が良く小さい頃から一緒にいる時間が長かった。ほとんど家族みたいな存在だ。だから学校にいる時でも脱力してしまう。
「なー」
「あー?」
相棒は前の席に座りながら俺の机に突っ伏している。
俺はスマホを触りながら気のない返事をした。
「俺さあ、彼女できたっていったじゃん?」
「あー、この前の」
つい1ヶ月前に嬉しそうに報告してきた相棒の顔が蘇る。ウザかったな、あの顔。
入学式の時に一目惚れした女の子に勇気を出して連絡先を聞き、1年ほどかけてじわじわと仲良くなった結果、ついに付き合うことができたのだ。

「別れた」
「え?」
「別れた」
反射で相棒のつむじを見つめる。相棒はつむじをこちらに向けたまま微動だにしない。
いやいや、付き合うまで1年以上かかってたのに別れるのは一瞬てどういうことだよ。
「いやさすがに早くね?なんで?」
相棒が捨てられた側というのは聞かなくても分かる。
女を振れるような顔じゃない。
「あの3年の先輩いるじゃん?野球部のヤンキー」
野球部のヤンキー。目つきが非常に悪く、そいつに睨まれると気絶してしまうという異次元の噂を持つ。そいつを知らないものは学校にいない。

「彼女、アイツの妹でさ」
「マジかよ!」
俺が見かけた彼女は清楚で白百合のように可憐な女子だった。
それがヤンキーの妹?脳内で白百合とジャイアンがどう頑張っても結びつかない。
「デートの度に彼女迎えに行くんだけど、毎回アイツが出てくるんだよね」
「おう…」
確かにルンルンで彼女に会いに行ったら、目つきが悪いヤンキーの顔が出てくるのは寿命が縮むだろう。
「なんかピーチ姫とクッパみたいだな...」
「イヤッホゥ」
気の抜けた高い声と共に顔を上げた相棒の目には感情が灯ってなかった。

4/24/2025, 5:23:00 PM

「巡り逢い」

午後16時30分。ホームルームの鐘が鳴ると同時に教室を飛び出し、校門を爆速で駆け抜ける。
坂下のコンビニまで直線1キロメートル。ガンダッシュすればまだ間に合うかもしれない。
推しのアイドルグループのコンビニコラボグッズに。
優勝が懸かった体育祭のリレーの時よりも早く、自己最高記録を突破した体力測定の100メートル走よりも早いスピードで風を切る。


巷で話題沸騰中のアイドルグループ"NEPHRITE"のコンビニ限定アクリルスタンドが月曜日15:00から発売。
数年前から密かに応援していた私がこの情報を知らないわけがなかった。1週間前に情報が解禁されてから、何度も絶望した。なぜ学校にいる時間に発売開始するのか…。
NEPHRITEは今や女子高生の中では知らない人はいないほどの人気グループだ。全国ツアーまで成功させてメディアの露出が一気に増えた。学校が終わってから買いに行っても売り切れているに決まっている。
しかし、坂下のコンビニは駅の反対方向にあるため、まだ売れ残っている可能性が高い。
私は必死に走った。今日現代文の授業にでできたメロスのように。激流に流されようと。川なんてないけど。山賊に邪魔されようと。閑静な住宅街だけど。


コンビニの入店音が天使の祝福に聞こえる。
全速力を超えた速さで走ったから肺が痛いし吐きそう。全ての血管が脈打って全身が心臓になった気分だ。目を凝らして店内を見回す。
大抵イベントグッズはレジ前にあるはずだ。
しかしちょうど隣の高校の制服を着た女子高生たちがキャッキャッとレジに並んでいてよく見えない。
嫌な予感がする。そういえば隣の高校はこのコンビニのすぐそばだ。
女子高生たちの間からちらっと推しのアクスタが見えた。
まだレジ前の棚に陳列されている!
推しがこちらに手を伸ばしているのが見えた。
キラキラとまさに宝石のように輝いている。
私も震える足を一歩一歩進める。



「すみません!NEPHRITEのアクスタって残ってますか!」
女子高生たちが退店した後、荒ぶる息を抑えながら急いで店員さんを捕まえた。
店員さんは少し驚いた後、ひどく残念そうに言った。
「あーー、今ちょうど売り切れちゃいましたね…」
膝から崩れ落ちそうだった。
絶望。さっきちらって見えたのに。え、なに幻だったのあれは。
頑張って走ったのに。てか運営もなんで中途半端な時間から発売してんだよ。
誰に向けるわけでもない怒りと悲しさで胸がいっぱいになる。
今日古典の授業で習った百人一首が頭によぎる。
「めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に
雲がくれにし 夜半の月かな」
今ほど紫式部の気持ちが分かったことはない。

4/24/2025, 9:29:15 AM

「どこへ行こう」

東京から終点の新大阪までおよそ2時間。
この長いようで短い2時間を上手く使うのがエリートの腕の見せ所だ。これまで国内トップ層の学校に通ってきた僕にとっては朝飯前だ。大阪に着いたら顧客先のビルまではおよそ10分。すぐに商談を始められるようにプレゼンの用意は完璧にしておかなければならない。
たまに新幹線に乗っている間は休憩時間だとかいってYouTubeを見たりする同期もいるようだが、もってのほかだ。そんなんだからいつまでも仕事ができないのだ。時間を制するものは仕事も制する。
俺はすぐにノートパソコンを開いた。静かな車内でタイピングの音を響かせるのはかなり優越感を感じる。



今回のプレゼンは会社の命運を左右する…と思っている。新卒で入社してもうすぐ3年。商談を任せられたのはこれが初めてだ。会社も僕に期待しているのだ。
なんなら昨日は準備と緊張でほとんど眠れなかった。
上司からは「そんな気負わなくていいぞ。ただの顔合わせみたいなものだから」なんて言われたが、きっと僕の緊張をまぎらわすための方便だ。
ここで実力を見せつけて、同期に手も足も出ないほどの差をつけてやるんだ。
そしてこの仕事が終わったら有休を取って旅行にでも行こう。どこに行こうか。大阪より西に行ったことがないから神戸にでも行こうか。
カフェがたくさんあってなかなかオシャレな街だと聞く。カフェでコーヒーを飲みながら読書なんていかにもエリートっぽい。
仕事もプライベートも充実しているなんて僕はエリートの中のエリートだ。


ふと窓の外に目をやると中位の背丈のビルが見え始めた。車内もそわそわし始めている。
終点の大阪が近いのだろう。さあ、僕も降りる準備をしなければ。
ノートパソコンをしまって、ノイズキャンセリングのイヤホンをする。仕事ができる上司からお薦めしてもらった高級イヤホンだ。周囲の声は完全シャットアウトされる。
聞く曲はクラシックだ。これも仕事ができる先輩が大きな商談前にいつも聞いていると噂で聞いたのだ。クラシックなんてこれまで聞いたこともなかったし、正直何が良いのか分からないが、なんとなく上流階層の住民になった気がして気分がいい。


新幹線を降りるとなんとなく違和感を感じた。
やたらと人が少ないし、ホームが小さい。なんなら山が見える。
急いで右耳のイヤホンを外し周囲を確認し駅名板を見上げた。
「新神戸」
旅行で来るつもりが一足先に来てしまった。商談まで30分もない。
左耳から鼻から牛乳でお馴染みのバッハの「トッカータとフーガニ短調」が聞こえてきた。


4/23/2025, 7:35:15 AM

「ささやき」

3年生になったら宿題が増え、授業中居眠りするのも許されなくなった。
昼休みの恋愛話も受験の話に変わった。この前まで、もうすぐ卒業してしまう先輩に告白するか悩んでた子も真面目に大学の偏差値がどうとかなんの問題集がいいとか話している。
受験生か。頑張らないとなあ。
私は勉強机の前に座りながらうつらうつらと天井を見ていた。
深夜1時。家族全員が寝静まった家は無音で居心地が悪い。もともと勉強は得意な方だ。学校のテストでも上位に入るし、模試の成績も悪くない。でもこうやって1人で集中するのは苦手だ。普段は話し声や人の気配がするカフェや図書館で勉強するのだが、深夜に開いているところはない。

そしていつもはもう寝ている時間だ。無音が眠気を連れてくる。しかし明日の朝までに終わらせないといけない課題がある。まだあと1問残っている。
天井を見上げていると頭が後ろに落っこちそうな感覚になる。
いかんいかん、と私は姿勢を正して問題に向き直った。
えーとxの2乗の…
突然お腹がグーとカエルのような音を出した。そしてキュルキュルとソプラノ音が続く。音がやたら大きく家族が起きるんじゃないかと一瞬心配したほどだ。
そういえば、母親が寝る前に「お腹空いたら冷蔵庫におにぎり入れてあるから食べなさいね」と声をかけてくれた。
しかしこのお腹の鳴りようはおにぎりだけじゃ収まらないだろう。
弟がいつも部活から帰ってきた時に食べているカップラーメンが頭をよぎる。野球部の弟はキッチンのカウンターの下にカップラーメンを常備している。

いやいや、流石にカップラーメンはまずいでしょ。
見た目を気にする華の17歳。カップラーメンを深夜に食べたらどんな弊害があるかなんて乙女の常識。
むくみとニキビを一緒に学校に連れて行こうものなら、気になっているクラスの男の子に顔を見せられない。
なんならおにぎりだって母親に「太るから食べない」と宣言したはずだ。
私はお腹の虫を無視してもう一度問題に向き直った。
yが3乗で…
さっきよりも大きな音でお腹が鳴った。
お腹と密着している机にも振動が伝わる。段々口も乾いてきて、唾液がやたらと出る。
「今日くらいはいいんじゃない?」はっきりと悪魔の囁きが聞こえた。

「いやいや流石にまずい」
「何がまずいの?集中できなくて課題終わらない方がまずくない?」
「いや集中できるし」
「できてないじゃん。少しくらい食べても太らないって」
「いやこの体型維持するために普段からランニングしたり頑張ってんだから!」
「じゃあ明日走る距離増やしたらチャラじゃんね?」
「そういうことじゃなくて…」
「いいじゃん。食べちゃえよ」
脳内で必死の攻防が繰り広げられる。
脳内の悪魔と共鳴するかのようにお腹の音がどんどん大きくなる。
数式の文字列が麺に見えてくる。
気付けば私はカップラーメンの汁を飲み干していた。
だから1人で勉強するのは嫌なのだ。

4/21/2025, 7:10:26 PM

「星明かり」

冬の夜の田舎道は真っ暗だ。
街頭すらなく、まさに一寸先は闇。いや闇じゃないか。
ポチの首輪が虹色に光っているから足元だけカーニバルだ。
チマチマふんふんと騒がしい首輪と同じくらい忙しなく散歩を楽しむポチは俺のことなど全く気にしないでズンズンと進んでいく。
俺はこのポチとの散歩時間が割と好きだ。本当は家族で一番懐いている母親と行きたいんだろうけど、なぜかポチは深夜に散歩に行きたがるので、完全夜型人間である俺の仕事になっている。
俺は俺で星空を堪能できるからポチとはwin-winの関係だ。

星空を見ると必ず星座を探してしまう。
小さい頃星座図鑑を読んでいたからある程度の星座なら判別できる。
特に好きなのはこいぬ座だ。こいつは一般人にはまったく見つけられないし、見つけられたとしてもただの2つの星なので不人気だ。しかしそのマイナーさが俺の優越感に繋がる。
冬の星座だとオリオン座がかなり有名だ。
これはギリシャ神話の英雄の名の通りバカみたいにでかくて、誰でも見つけやすいから面白くない。
ぼんやりと夜空を見ながら歩いているとポチがリードを強く引っ張った。
ポチは俺のことを家族間のカーストで一番下だと思っている節がある。
まあ当たらずとも遠からずなんだけど、犬に舐められるのは流石に俺も黙っていない。

「お前な、そんなんだとこいぬ座になれねえぞ?」
こいぬ座の元となったのは忠犬マイラという犬だ。
その昔、アテネ王に可愛がられていた犬、マイラは王が病で亡くなった後もその遺体のそばを離れなかったためそれを可哀想に思った神が星座にした。
まさに海外版忠犬ハチ公。ハチ公もその忠犬っぷりに銅像を建てられているのだから、人間には逆らわない方がいいんだぞ。
「なあ聞いてんのか?」
ポチを抱っこしようと手を伸ばした。
ポチはめんどくさそうにこちらを見てヴゥと唸った。
お前を星にしてやろうか、という声が聞こえた気がして俺はすんません、と手を引っ込めた。

Next