「雨音に包まれて」
夕食は18時から30分間。
お風呂は19時から30分間。
施設は家だけど、いろんな人が住む場所。
規則は必ず守らなくちゃいけない。
時間を過ぎたら夕食も風呂も諦めること。
ぶっきらぼうな説明をした職員は私の全身を舐め回すように観察して、
「ではこちらで引き取らせていただきます」
と、叔母さんに言った。
叔母さんは演技がかった身振りで私を抱きしめた。
「両親を殺されて辛いでしょうけど、強く生きるのよ。本当は私の子になって欲しかったのよ?本当よ?でもごめんなさいね」
叔母さんは私のおでこにそっとキスをした。
「いい子でいるのよ。ゴタゴタが終わったら必ず迎えにきますからね」
「はい、叔母さん」
これで一生の別れなんだろうが、悪くない劇だ。しおらしく頷いておく。
外は雨だ。
叔母さんは黄色のフリルがついた傘を差して、馬車に乗り込んだ。夏の花のような叔母さんはこの灰色の施設には似つかわしくなかった。
「いい子にしているのよ」
そのセリフしか思いつかないのか、ずっと繰り返している。うーん女優にはなれないね。女優はアドリブも大事だ。
私は静かに頷いて馬車を見送った。
職員は私を部屋に案内し、
「では食事の時間まで静かに待っておくように。明日からは教会の学校に通ってもらいます。聖書は頭に入っていますか?決して忘れてはいけませんよ」
と言って、ドアをバタンと閉めた。
階段のギッギッという音で職員がいなくなったのを確認すると私は改めて部屋を見回した。
病院のような簡素なベッドと窓際に勉強机が一つ。それ以外は何もない。
私はベッドに横たわってみた。金属の擦れる音がして、カビ臭い匂いが鼻を突いた。
家よりずっといい。
雨樋が近いのか雨音がピチョンピチョンと聞こえてくる。
あの日、警察が来るまでベッドの下で息を潜めていた時のことを思い出す。
あれは母の血の滴る音だったけれど。
警察は私をガラスの人形のように丁重に扱ってくれた。強盗から身を潜めながら両親の死を目撃してしまった子。
私の心の傷をできるだけ刺激しないように、慎重に質問してくれた。だから私もできる限りシナリオ作りに協力した。
「私がベッドに入った後、両親が叫ぶ声が聞こえた。
慌てて両親の部屋に行ったけど、誰もいなくて、その後逃げるように両親が部屋に入ってきた。両親は私にベッドの下に隠れるように言うと、ドアを塞いだ。でもすぐに開けられて強盗が両親を殺した」
喋りながら涙を流してしゃくり上げると、警察はそれ以上何も聞いてこなかった。
「必ず犯人を捕まえる」とギュッと抱きしめてくれた。
雨が強くなってきたのか、ピチョンピチョンが早くなっていく。
冷たい床に滴る血の音。可哀想なお父さんとお母さん。
時計が18時をそろそろ指す頃、館長さんが部屋に来た。
「こんにちは!今日は一緒にいてあげられなくてごめんなさいね。一緒に夕食はいかが?」
ぶっきらぼうな職員とは打って変わって、まるで太陽のような人だ。
私は館長さんの部屋で食事をすることになった。初日だから特別だそうだ。
「まずはようこそ。もうここの子達とはお話した?明日からは教会の学校に通ってもらうんだけど、その神父さんがいい人でね。あなたのことを気にかけてくれてたのよ。そうそう、今日の夕食はどう?お口に合うかしら?施設の裏庭に畑があってね、そこでにんじんやらじゃがいもやら育ててのよ。今度案内するわ」
セリフがぐちゃぐちゃだ。
劇は相手のペースに飲まれてはいけない。相手が下手な俳優であればあるほど、こちらはペースを直さないといけない。
私はスープをかき回しながら俯いた。
「喋りすぎてしまったようね、ごめんなさい。そうよね、ついこの間両親を亡くしたばかりの子に私ったら」
静かになった部屋にまたピチョンピチョンと雨音が聞こえてきた。
薄っぺらい肉にナイフを切り込む。豚肉?牛肉?
どちらにせよ人間の方が柔らかくて温かかったな。
ピチョンピチョン、雨音に包まれてまた私はあの日のことを思い出していた。
「美しい」
ほらお話の時間だよ。みんな集まりなさい。
今日は何のお話にしようかね。
コラ坊主。お主その石、祭壇から盗んだものだろう。すぐに返してきなさい。
え?綺麗だから持っておきたい?馬鹿者が。
美しさに目が眩むと痛い目にあうぞ。
ほらさっさと返してこんか。
…まったく。もっと厳しく躾をしたほうがいいね、あの坊主は。
じゃあ今日は美しい石の話をしようかね。
こら、そこ静かにしな。村のおばあの話はちゃんと聞くもんだ。それがどれほどつまらない話であってもね。
その石は海の王ポセイドンが座った岩から欠けたものだと言われている。それが巡り巡って、ある貴婦人の元に辿り着いたのさ。
その海辺の街一番の金持ちと言われていたその夫人は美しいものが大好きだった。美しい服、美しい宝飾品、美しい召使、美しい家具といったように自分の周りを美しいもので囲んでいないと気が済まなかった。もちろん堂々とそんな暮らしをしていたら悪い奴らに目をつけられる。ある朝、主人が夫人の部屋に入るとそこには無惨に殺された遺体があったのさ。顔も潰され、腸が飛び出るほどざっくりと体を引き裂かれていたが、着ているドレスやバラバラになった指に嵌められていた宝石から夫人だと判明した。盗まれたのはただ一つ。ポセイドンの石だ。
もっと価値の高い宝石やドレスもあったのに盗まれたのはそれだけだ。ショックを受けた主人は犯人を捕まえるよう街中に御触れを出した。
しかし何年、何十年経っても犯人はおろか、ポセイドンの石も見つからなかったんだよ。
それからその家は惨殺事件の起こった家として落ちぶれてしまった。夫人は色々な噂があったから、街の人々から好かれてはいなかったけれど、息子は別でね。心の優しい青年だった。でも一家が落ちぶれてしまってから、行方不明になってしまったのさ。
しかしある時、悲しい事実が判明したんだ。
何だと思う?
あ、こら坊主、まだ返してきてないのかい?まったく悪ガキだねえ。
ほらこっちへ寄越しな。あとでおばあからこっそり返しておくから。
え?あ、そうそう話の続きだね。
ある日、夫人が殺されてからおよそ40年ほど経った頃だよ。石が見つかったんだ。見つけたのはなんの因果か、夫人の息子。
国一番の都の市場で婚約者への指輪を探していたら、偶然見つけてしまったんだよ。
その息子は可哀想な子でね、美しくないという理由で夫人に虐待されていた上に、その虐殺事件のせいで家が落ちぶれてしまったものだから、海辺の修道院に預けられていたんだ。そして美しい漁師の娘と恋に落ち、婚約したんだよ。
息子はその石が夫人の殺された原因だと知らず恋人にプレゼントしてしまった。
するとその娘は石を見るなりこう言って泣き崩れた。
「なぜ私の罪を知っているのですか?」
元々彼女は人魚でね、ポセイドンの石は彼女が人間から人魚に戻るときに必要なものだったんだ。それを美しい物好きの夫人の目に留まり無理矢理奪われてしまった。海に帰れなくなった人魚は漁師の養女となって生きていた。しかし毎日故郷の海を眺めて泣く彼女を見かねた漁師は夫人から石を奪い返すことにしたのさ。
しかし奪い返したその石の美しいこと。人魚が住み着いて家計が逼迫していた漁師は石を売り払ってしまったのさ。
人魚が全てを知ったのは漁師が死ぬ間際のことさ。もうそのときにはどうしようもない。すべては自分が人間界に石を持ち込んでしまったから起きたこと。
そうして彼女は石を持って海に帰ってしまったのさ。
その後の青年がどうなったか誰も知らない。
え?ああ、そうだよ。ポセイドンの石は無事人魚の世界に戻ってきたのさ。
しかしまあ、いわくつきの石をおもちゃにするとは血は争えないね。
いいかいみんな。我々が人間になるのか禁忌とされているのはこういう話があるからだ。そして決してこの世界のものを人間界に持ちこんではいけないんだ。
よく覚えておくんだよ。
「どうしてこの世界は」
月曜日の朝。仕事に向かおうとスーツを着たら、上司から電話があった。
「お疲れ様です。どうしましたか?」
「驚かないで聞いてほしいんだけど、会社が爆発したんだ!!」
「は?」
「ニュース見てないのか?詳しく言うと、会社のビルに爆弾が仕掛けられてて、それが爆発したんだ!」
ニュース?爆弾?まだ寝ぼけてんのかな?
急いでテレビのリモコンを探す。
ベルトを締めていなかったズボンがずり落ちたが、どうでもいい。ソファのクッションの隙間に落ちかけていたリモコンに猫のよう飛びつき、パンツ丸出しでテレビの電源をつけた
「速報です。たった今オフィスビルが爆発し、現場は混乱に陥っています。ビルは中階部分が抉られたような形で今にも全倒壊しそうな様子です!」
安そうなヘルメットをつけた若者が必死の形相でリポートし、後ろで警察が大声で市民を誘導している。
「…出社しなくていいてことすよね?」
ぼんやりと画面を見ながら上司に確認する。
「え?まあ、そうだけど、それだけ?」
「え?はい」
「あ、ああ。お前も気をつけろよ」
俺はスーツを脱いで放り投げた。最高の気分だ。
会社爆発しねえかなーと少し願ってみただけでこの様よ。なんてこの世界はちょろいのだ。
ベッドに横たわりこれまでの人生を振り返ってみる。
前世は魔王として名を馳せ、悪の限りを尽くしていた。ある時とうとう勇者に殺されてしまったが気がつくと、人間だらけの世界に来てしまっていた。
以前魔女から人間界というものがあり、そこから転生してくる人間が多くいると聞いていたが、どうせいつもの妄想話だろうと思って鼻くそをほじりながら聞いていた。その転生した人間が勇者となって俺の首を刎ねることになったのだから、もう少し真面目に聞いておけばよかったかもしれない。
しかし何らかの手違いか、目が覚めると見覚えのない真っ白な部屋でベッドに寝かされていた。それは病院といって人間のための治癒機関だそうだ。どうやら俺はある男の体を乗っ取ったらしい。治癒師、またの名を医師が言うには俺は車に撥ねられて死にかけだったそうだ。
これはあくまでも推測だが、勇者に首を刎ねられる瞬間と彼が車に撥ねられる瞬間が同じで、俺の意識と彼の意識が入れ替わってしまったのだろう。
しかし魔王の力は健在だ。
今回だって会社が爆発しねえかな、なんて本当に実現するとは思ってもいなかった。
ちょっと会社に行けない理由を作ってくれるだけでよかったのに、まさかこんな派手なニュースになるなんて。
しかしこれで魔王の力の強さを証明できた。前世では達成しきれなかった、世界征服を実現できるのではなかろうか。人間界に適応して普通の一般市民として生きていたが、少々つまらなさを感じていたところだ。
この世界には俺の意志を邪魔する者はいない。
勇者の剣もなければ、賢者も魔法使いもいない。
人間は愚かで弱く脆い。まるでペットのように庇護欲がくすぐられる。この世界を征服するのは難しいことではないだろう。
今こそ己の野望を実現する時だ!
「ハハハハハハ…」
腹の底から笑い声が込み上げてくる。
しかしそれをかき消すかのようにテレビから警報が鳴った。
緊急地震速報。足元が滑るかのようにぐわんぐわんと揺れ、部屋中のものが一斉床に落ちる。かなり大きい。
「ビルが倒れます!倒れます!危ない!」
土煙が上がって迫力満点の映像が流れる。そして逃げ惑う人々が映し出された。
まるで終末世界。外からテレビから人々の悲鳴が聞こえてくる。
「なんだ、なにが起こっているんだ」
もしや、自分が世界征服を願ったからか?
いやしかし、自分で手を下さずどうやって征服しろというのだ?
揺れが激しい。恐ろしくて体が震える。魔王の時は恐ろしくて震えることなんてなかったのに。
「どうしてこの世界はこんなにももろいのだ」
スマホが鳴る。縋り付くように電話に出た。
「おい!大丈夫か!?今すぐ逃げろ!」
うるさがっていた上司の声。こんなにも安心するなんて。しかしこんな状況で他人を心配するのか?
なんてもろい世界。なんて優しい人間。なんていじらしく健気な生き物なんだろう。
もはや弱すぎて愛おしさが芽生えてきた。
俺がこの世界を守るしかない。
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この度ハートが1000を超えました。
いつも応援してくださる皆様ありがとうございます。
このハートのおかげでモチベーションを保てています。これからもよろしくお願いします!
「君と歩いた道」
ふと顔を上げると藤の花が目に入った。初夏の爽やかさを感じさせる淡い花は外のジメジメとした雨模様に似つかわしくなかった。眼鏡をかけ直して改めてカレンダーを見ると、5月のままで合点がいった。
ページをめくると鮮やかな紫陽花が顔を出した。そして赤ペンで書かれた「結婚記念日」の文字。
慌てて時計の日付を確認する。今日は6月8日。結婚記念日まであと2日しかない。
最近仕事が詰まっていて朝早くに家を出て夜遅くに帰ってくる生活をしていたから、女房とは1週間くらい顔を合わしていない。
そんなすれ違いの中で結婚記念日のプレゼントを忘れていたとなると、それこそ離婚の危機だ。
それはなんとしても避けなければならない。
女房はライバル会社の社長令嬢で、僕はそのライバル会社に潜入しているスパイだからだ。
元々は普通のサラリーマンだったが、ライバル会社にヘッドハンティングされたことをきっかけに、社長から企業スパイを任命されたのだ。
女房は私がスパイであることは知らない。
潜入している間に女房が私に一目惚れをし、トントン拍子で結婚してしまった。
相手の社長令嬢と結婚することで、ライバル会社での立場も盤石になるし、より良い情報を手に入れられるかもしれない。そんな安直な考えで結婚してもう10年になる。
これから重役を任されようとしている時期で離婚の危機はあってはならない。
私は元会社の事情を知る仲間に電話をした。
「結婚記念日のプレゼントって何がいいんだ?」
「あー、例の社長令嬢ね。ブランドもののバックとかアクセサリーとかいいんじゃないの」
「そんなものは普段からあげてるんだよ」
気まぐれな女だから、気持ちが離れてしまうことはなんとしても避けたい。一目惚れだから外見を整えておくだけでいいなんて甘えてはいけない。常に出来る男を演出するために、なんでもない日に贈り物をしている。
いつも通りライバル会社に出社する。
隣の席の同僚にコソコソっと同じ質問をしてみた。
「なあ、結婚記念日が近いんだが、何をプレゼントしたらいいと思う?」
この同僚はなかなかの切れ物で俺と同じく重役への昇進が期待されている。
「10年も一緒にいて分からないのか」
鋭い目つきで俺を見るとパソコンに目を戻した。重役のポジションを狙うライバルだからといって、そんなつっけんどんな言い方をしなくてもいいではないか。
「10年一緒にいたからといってすべて分かるような単純な妻じゃないんだよ」
なんとなく悔しくてそれっぽいことを言い返した。
「確かにそうかもな」
同僚は鼻で笑うと、顔を近づけてこそっと耳打ちした。
「花束とかいいぞ。ブランドものより真心が伝わるというらしいし。花はそうだな、この季節だし紫陽花とかいいんじゃないか」
来る結婚記念日。俺は紫陽花の花束を持って帰宅した。いつもより早めの帰宅に女房も驚くだろう。サプライズだ。
元気よく扉を開けると、見覚えのない男物の靴が目に入った。
「誰か来ているのか?」
リビングへ向かうと女房はおらずソファに腰掛ける見たことのある鋭い横顔。
「お前…」
嫌な予感がして、俺はそいつの襟元を引っ張った。
「おい!なんでお前がいるんだ?」
同僚は不敵な笑みを浮かべて、鋭く睨んだ。
「本当に紫陽花を買ったんだな。バカだなお前は」
「女房はどこだよ!」
「社長のとこだよ」
同僚は俺を突き飛ばして襟元を整えた。
「明日お前の企業スパイについての審議がある」
血の気がサッと引いていく。
「お前が彼女と過ごした20年はお前がスパイであることの証拠を掴むためだったんだよ。一目惚れ?そんなの嘘だよ。彼女は社長令嬢といえど優秀な社員だ。自らお前に近づいて、スパイである証拠を掴んだ」
にわかに信じがたかった。しかし彼女の聡明さ、頭の回転の速さなど納得せざるを得ない部分もある。
全身が震え、裏切りの花が青い頭を揺らした。
「夢見る少女のように」
クッキーかパンケーキか甘い匂いがして、ファンファーレのような音楽が頭上で鳴り続けている。
そして歩を進めば立ちはだかる人混みの波。
照りつける太陽をつむじに感じながら、こんなところに来たことを少し後悔した。
始まりは母の日に「何が欲しい?」と聞いたことだった。
母は少し悩んで「家族でテーマパークに行きたい」と言った。昔からキャラクターのグッズやぬいぐるみを集めるほど大好きだった。僕が幼い頃はよく家族で夢の国に遊びに行っていた。大きくなってからはそもそも家族で出かけることもなくなったが、夢の国への愛は健在のようだ。
正直人混みが苦手な僕は気が乗らなかったけれど、社会人になってからは母に何かしてあげることもなかったし、父親から「たまには家族で行こう」と念を押されたこともあって行くことにした。
僕は幼い頃から夢の国に触れてきた割に、かなりさっぱりとした人間に育った。
小学生の頃からサンタクロースは信じていなかったし、将来の夢は公務員といった現実的かつ現実的な少年だった。無事グレることもなく変に捻くれることもなく、夢を叶えたけれど現実的なところは変わらない。
夢の国に入園してリスみたいなキャラクターの着ぐるみが出迎えてくれた時も、中で汗をかいている労働者のことを思いやらずにはいられない。
「ほら写真撮ってあげるから!」
母が僕の背中を押してリスの隣に並ばせたけれど、テンションが追いつかない。
そんな飛び跳ねて大丈夫っすか…なんて自分でも無粋と分かっているけれど、うまく笑顔を作れなかった。
アトラクションもそうだ。スピードのある箱に乗って浮遊感を楽しむものか、箱に乗ってキャラクターのストーリーを楽しむものしかない。
母のように世界観に浸るよりも世界観を作り出す技術力に感嘆してしまう。
食べ物は割高だけど美味い。母が中身がなくなったポップコーンの入れ物を大事そうに抱えているのには驚いた。持って帰ってコレクションするらしい。
母は終始ご機嫌だった。
好きなキャラクターを見つけては愛おしそうに写真を撮り、カチューシャを頭につけてルンルンで歩いている。アトラクションも思いっきり叫んで楽しんだ。
「母さんすごい楽しんでるね。こんなに楽しんでくれるならもっと早くに来れば良かった」
こっそり父親に伝えると、父は同じくこっそり教えてくれた。
「お前が小さい頃はお前を楽しませるのに必死で、あんなにはしゃいだことはなかったんだよ。お前はあまり興味示してなかったけどな」
「そうだったの?ちょっと申し訳ないなあ」
夜になってパレードを見た。
電飾で縁取られた大きな山車が爆音とともに練り歩く。まるで太陽が出ているかのように明るくて対岸の人の顔がはっきり見える。
一日中歩き回って足がビキビキと痛い。
母もさぞかし疲れ切っているだろうと隣を見た。
母はまるで夢見る少女のような瞳をしていた。イルミネーションの光が反射して虹色にキラキラと輝いていた。
なるほど、確かに子供がこんな瞳をしていたらこちらも幸せな気持ちになるだろう。
母が幼い僕を楽しませようと頑張っていたことにも合点がいった。
僕は夢を見ることはないけれど、こうやって誰かに夢を見させるのは悪くない。
いつか結婚して子供が生まれたらサンタクロースになりきってやろう。
夢の国にもたくさん連れてきてやろう。
僕はそう決意した。