「たまには」
たまにはゲームをしてみようと埃を被ったコントローラーに手を伸ばした。
社会人になってから1日のたった1/3を占める仕事に疲弊させられ何かをじっくりと味わうことがなくなっていた。灰色の毎日、少しは変化をつけたいと思うのに脳が休息したがってその変化を思いつくのさえ拒否をする。終いには見たくもない動画を永遠に見て、仕事以外何も記憶に残らない日として眠りにつく。
このまま感情を殺したまま歳をとるのは嫌だ。若い頃のように寝る間を惜しんでやっていたゲームでなんとか新鮮さを取り戻したい。
ゲームを起動すると見覚えの無いソフトが出てきた。もう全く覚えていないがおそらく就職直前に発売されたゲームだ。
やろうやろうと思いながらそのまま仕事の渦に呑まれて忘れてしまっていた。
ほのぼの系だろうか?20年ほど前のインディーズゲームみたいにシンプルで手書きのタイトル画面。いまどき珍しいがその素人らしさが胸を高鳴らせた。
クラシック音楽のような壮大な音楽とともに画面が切り替わった。
「このゲームはセーブができるまで膨大な時間を要します」真っ黒な画面に文章とYesとNoの選択肢が出てきた。
最近のゲームはプレイヤーに配慮してクリアするまでにどれくらい時間がかかるか教えてくれるらしい。
時計を見上げると短針は10を指していた。
しばらく逡巡したのち、俺はコントローラー元の位置に戻した。
「大好きな君に」
今日は小さな声で話します。
なんでそんな驚いた顔をするんだ、私だって小さな声で話せるんだよ。
そうだね。無理もないか。
いつも怒鳴っているイメージしかないのかもね。
怖くてうるさくて、私のことが嫌いな人もいっぱいいるんだろうね。歳を食ったおじさんというだけで世間は冷たい。
私の大声は耳が聞こえないからなんだ。
難しいことは言わないが人よりも音を拾えない。だから自然と大きな声で話してしまうんだよ。
間違ったことを言っていないか、きちんと伝わるように話せているか、自分でも確認しながら話すから大きな声になってしまう。
ああ、いけない。また大声になっていたね。
これから話す内容はこれまでの人生で何度も何度も考えていたことだ。確認する必要もないくらい何度も心の中でつぶやいてきた言葉だ。君たちだけに伝えたいから小さな声で話します。
風の音が聞きたい。
電灯の音が聞きたい。
遠くの鳥の声が聞きたい。
虫の飛ぶ音が聞きたい。
誰かが呟いた本音を聞きたい。
誰かが優しく笑った声が聞きたい。
君たちにはこんな小さな音や声を聞き漏らさない人生を歩んで欲しい。
私が聞こえない代わりにたくさん聞いてくれ。そしていつかまた会えた時にこれまでどんな音や声を聞いてきたのか教えてくれ。
おいおい泣くのは卒業式が終わってからにしなさい。まだ早いだろう。
最後に、卒業おめでとう。
「ひなまつり」
うぶな乙女の照れた頬のような梅が咲いている。
幼い頃は梅の木なのに梅干しの匂いがしないのを不思議に思っていたものだ。
逆に甘くて官能的な香りと梅干しが結び付かなくて、この私の予想を裏切ったとして好きな花ではなかった。桜の花の方が人気だし綺麗だし。
大人になってから、春の訪れを知らせてくれる香りが梅の花なのではないかと気付いた。
立派に花びらを伸ばして堂々と咲く桜と比べて、しおしおな梅の花弁はむしろ若々しさを感じる。
桜じゃなくて梅の花みたいな女の子になるべきだったなあ……。
量産型の桜ではなく、甘美な香りを発していながら顔を必死に隠すような梅の花に。
きっと世間的に好かれるのはそういう女の子なのだ。
スマホには結婚式のご招待サイトが開かれている。
今の時代は紙の招待状ではなくサイトを使って出席のアンケートを取るらしい。合理的で効率的だ。情緒はないけど。
「ちょっと手伝って」
押し入れから母親のくぐもった声がした。
「なにー?」
スマホの画面を下に向けて母親に声をかける。
押し入れに頭を突っ込んで尻をこちらに向けている姿は滑稽だ。
「おひなさま出すの手伝って」
「え?いいよ。もう何歳だと思ってるの」
母親は少し照れたように言った。
「娘が生きてる限りよ」
そんな伝統守るタイプだったっけ?と子供な私は不思議に思った。
たった1つの希望
自分は強い人間だと思う。
どんなに絶望的な状況でも弱音を吐くこともなく生きてきた。他人が経験しなくてもいいようなことを背負わされても負けてたまるか、と生きてきた。
だからこそ初めての温かさがどれほど熱いものなのか分からなかったのだ。
出会いは雨の日だった。
「私家近いので、もしよかったら使いますか?」と見ず知らずの私に傘を差し出した。少し警戒しながらも受け取った傘は自分の傘より軽くて驚いた。
そしてシャンとした姿勢を曲げることなく走っていった。
彼女の傘に落ちる雨はとても楽しげで軽やかな音がした。
初めて誰かに守られた気がした。これまで降りかかる雨もそのままに、空に背を向けて自分の進む足だけ見て走ってきたのだ。
しかしあまりにも頼りなく楽しそうな傘は私を守るのに十分で、初めて私は雨空を見上げた。
傘を返すのが惜しいくらいだった。
守りたいと思ったのだ。
あまりにも軽い傘は彼女がか弱い存在であるということを意味しているようで自然とそう思ったのだ。
また雨の日だった。
傘は返しそびれて1ヶ月経っていた。自分の重たく長い傘の下から彼女の姿を見つけた。
今度は守る側になれる、と嬉しくなったのも束の間、彼女は悠然と雨の中を歩き出した。
まるで晴れ空を見ているかのように眩しそうに空を見上げて、あの時と同じようにシャンと背筋を伸ばして悠然と歩いていた。
気高く凛とした後ろ姿は優美なラインをあらわにし、柔らかさまで醸し出していた。
その途端話しかける勇気を失った。
心に感じていた温かさが急に熱くなって苦しくなった。それは高揚感などではない。
敗北感だ。
生き物して、人として、自分などが守れるような存在ではない。
彼女の傘がなぜ軽いのか分かった気がした。
「小さな命」
窓枠に寄りかかっていると外から漏れる冷気で背筋が伸びる。それよりももっと冷たい感情がずっしりと湿度を帯びていく。
震える子供。タンスからありったけの服を取り出してきて抱えてうずくまる。
押し入れから布団を取り出すほどの力もなく、いつか母親が被せてくれた毛布の記憶を頼りに本能で温かさを求めている。
ストーブの付け方も分からない。エアコンのリモコンには届かない。親はずっと帰っていない。
自分のできる限りの知恵と力を絞って命を繋ごうとする姿に心が痛くなる。
これまでたくさん弱った人間の命を刈り取ってきた。
もちろんこんな子供も何人も見てきた。絶望する子供、大人を憎しみ叫ぶ子供、諦めて笑う子供。
刈り取る瞬間、子供はいろんな表情を見せる。それが楽しみの一つでもあった。
小さな命は重ねた罪も少ないのですぐに輪廻する。
子供を狩ることは子供にとっても自分にとっても利益しかないのだ。
荒い呼吸がだんだんと規則正しくなっていく。
背中が大きく上下する。
眠りについたのだ。
窓から離れて彼を見下げる。希望を持つ子供には穏やかに眠っていてほしかった。
それが永遠の眠りであっても。