「元気かな」
桜が散る季節になると毎年思い出す話がある。
中学2年の始業式の日。
せっかくの昼前下校なのだからとまっすぐ帰らずに、友達とうだうだとコンビニの前でたむろしていた。
その頃の俺は全てを見下して恐れ知らずだった。
真面目、努力というものが嫌いで、将来よりも今を大事にしたいという言葉を盾に、ルールや時間を全て無視していた。
家に帰って漫画や動画、アニメを見て時間を潰す。
むしろ将来の金のために今からあくせく勉強したり、丸坊主にしてまで部活を頑張っている奴らを見てそんなことして何になるとバカにしていた。いくら頑張ったって億万長者になれるのは一握りだし、甲子園に出たやつが全員プロ野球選手にはなれないんだから。
とにかく俺はしんどいことは嫌だし、みんながお行儀よく守っているルールも破りたい時に破れるのだ。
コンビニ前にあるスロープに座り込んでポテチの袋を開けた。
スーツの大人や背骨の曲がった老人がチラチラとこちらを見てくるが、その視線でさえ注目されていることを実感して気分が良かった。
そしてその視線の中にクラスメイトがいたのに気づいた。
制服の一番上のボタンを外し、姿勢を丸めて少しだらしない雰囲気でこちらを見ていた。
普段話すことはほとんどないが、時々話せば面白い奴だ。決してダサくはないしオタクでもない。俺らのグループに入れたいがなかなか深くまで仲良くなれない。ただ、ミステリアスな雰囲気をもつあいつに妙に魅かれていた。
声をかけるわけでもなく通り過ぎるわけでもなく、じっとこちらを見つめている。
「おい!帰るのか?こっち来いよ!」
視線に耐えきれず、声をかけた。密かに人気で面白いあいつを仲間に入れてもっと仲良くなりたいという気持ちもあった。
「自由だな」
クールで嘲笑を微妙に含んだその声は俺らを一瞬で黙らせるのには効果的だった。
ルールや時間に縛られない俺たちを羨んでいるような言い方だが、あの視線や声色はそうじゃない。
頭が一瞬混乱したところに追い討ちをかけるように彼はこう言った。
「自由なら責任を取らないといけない。お前らはすげえよ。おれはルールの下でぬくぬく暮らしてたい」
さすがに馬鹿にされてるのだと悟った。しかし彼の表現が普段俺が誇らしく思っていることに対しての自嘲と尊敬を含んでるものだから、どのくらいのテンションで怒ればいいのか分からなかった。
自由とは責任である。
大人になってからその意味をしっかりと理解した。
最強だった俺は社会に出たら最弱の存在だった。
自由に走ってきた責任を取らなければならなかったのだ。
俺が邪険にしていたルールは自分を守るための鎧だったし、時間は生きるための食糧だった。
あの時必死に部活や勉強していたやつは見事に一人残らず余裕のある生活をしていた。
クールなあいつは今何しているのだろう。元気にしているのだろうか。
今度会ったら不自由になった俺を腹の底から笑って欲しい。
4/9/2025, 1:49:31 PM