「未来図」
春といっても教室はまだ寒く、窓際の席はクラスのマドンナの隣よりも人気だった。
運良くくじ引きで勝ち取った俺と親友は、さらに運良く前後の席となり毎日最高な休み時間を過ごしている。晴れの日の昼休みなんて温かい日差しも相まって意識が飛びそうになる。
その日も晴れた春の日だった。
「なあ、進路表提出した?」
親友が前の椅子に座ったままくるりとこちらに顔を向けた。1週間前担任から進路について考えるようにと用紙を配られた。
「当たり前にまだだけど?」
俺は机に突っ伏して手放しそうな意識を集中させて答えた。昨日は夜遅くまでゲームをやってたから授業中からずっと眠い。
「だよなー。期限いつまでだ?」
「今週の金曜じゃね?てか未来のこととか分かんねえし考えても無駄だよな。俺は適当に近くの大学書いとくわ」
俺は大あくびしながら言った。いくらやりたいことがあったとしても社会が変化するうちにやりたいことも変わるだろう。俺はそういう人間だ。
親友は少し黙り込むと、
「お前いつもそんな感じじゃん。もし未来が分かったらどうすんの?」と聞いた。
「そりゃ、大儲けよ。宝くじとか株とかで。で、一生働かずに過ごす」
「それいいな」
親友が笑った。「まあ、教えねえけどな」
俺は親友がボソッと言った言葉を聞き逃さなかった。
「何?お前未来わかんの?」
冗談のつもりで、そんなわけねーじゃんとツッコミが来ると思っていたが親友の目は笑っていなかった。
「お前誰にも言わないって誓える?」
ああ、ノってくる感じね。コイツ未来人になりきってるわ。
「言わねー!言わねー!教えろよ!」
こちらも負けじとはしゃぎ立てる。
親友は机の横に掛けているカバンからガラス板を取り出した。よく見ると薄く電子基盤が透けているような気がする。こんなインテリアあったよな…。分厚いガラスの中に立体的な彫刻が刻まれているやつ。
親友がガラス板に手をかざすと、ぼわんと映像が頭に流れ込んできた。
夢を見ている感覚で意図しない景色が次から次へと流れ込み脳の理解が追いつかない。
電車からの走る景色を全て目で追おうとしている時と同じように目が回る感覚。
そして見える景色がまるで地獄のようで俺はひどい目眩がした。
気付いたら昼休みは終わっていて5時間目の授業中だった。
寝てた?いつのまに?
あんなに晴れていたのにいつのまにか雨が降り出しそうなほど分厚い雲に覆われている。
昼休みの目眩がまだ残っている気がする。なんなら吐き気もする気がする。
けれどなんで目眩がしたのか、何が起こったのか、モヤがかかったように思い出せない。
ぼんやりしていると5時間目終了のチャイムが鳴った。
「そういえば進路表の提出、金曜日までだからな。早く出せよ」
担任がでかい声で言うと、教室を出て行った。
「なあ、進路表提出した?」
親友が前の椅子に座ったままくるりとこちらに顔を向けた。
「え?」
俺は既視感を感じて聞き直す。
「進路表だよ。お前どうせ近くの大学とか書くんだろ」
親友が笑って言った。あまりにもいつも通りの日常すぎて何もかもが気のせいだったと気づいた。
おれ昼休み寝てたんだわ。変な夢見て気分悪くなっただろ。
「どうせってなんだよ。その通りだよ」
俺も笑って親友の肩を小突いた。
未来なんて分からないんだから、無難に生きていけばいいんだよ。俺はそういう人間だ。
しかしひどい夢だった。
戦争とか大地震とかやけに生々しい光景で、まだ背中の脂汗が引いていない。
もしあんなのが未来だとしたら俺はどう生きていくんだろう。
4/14/2025, 7:25:47 PM