「遠くの声」
仲間の最後の一人が膝をついた瞬間、おれは絶望した。寄った町や村でで一番の腕っぷしと言われる奴らを勧誘してこのダンジョンまで辿り着いた。
どんなに強い敵でも協力してなんなく倒してきた。魔王を倒すのは俺らのパーティーだ、と自信を持って立ち向かった。故郷に帰ったときの凱旋の様子まで想像していた。しかし決して慢心していたわけではない。日々鍛錬は怠らなかったし、魔王を倒すために綿密な計画まで立てていた。冒険を続ける中でパーティの絆も深まり連携も取れていた。
しかし魔王の部屋に入った瞬間に仲間がバタバタと倒れていった。あっという間の出来事だった。まるで赤子の手を捻るように魔王は攻撃を躱し、目にも止まらない速さで反撃を繰り出す。
防御する暇もなくモロにダメージをくらう。
こんなの勝てるわけない…。
魔王は仲間がいなくなった俺を静かにじっと見つめている。フードを目深にかぶっていて顔がよく見えない。
足が逃げ出したいと言わんばかりに震える。
「久しぶりだね」
腹の奥に響くような声がした。目の前の魔王から発された声ということは理解するが、真後ろや真横から聞こえてくるような感覚だ。
そしてその声には聞き覚えがあった。
「え…」
幼い頃、村の道場で一緒に練習していた幼馴染の一人。実力は互角で将来村のエースとなるのは俺かそいつかと噂されていたほどのライバル。確かにそいつの声だった。
いつか勇者として一緒にパーティを組んで魔王を討伐する、道場からの帰り道、高らかに約束し合った時のあの声。
しかしそいつの家は火事になって一家全員死んだのだ。骨も残らないほど酷い火事で、俺は親友を亡くした喪失感で道場をやめたのだ。
「お前死んだんじゃ…」
「死んでないよ。助けてもらったんだよ。当時の魔王にね。あの日、誰かが俺の家に火をつけて両親が死んだ。俺の両親はあの国ではなかなか有名な医者だったから財産目当ての強盗だったんだろう。俺はちょうど遠くの井戸に水を汲みにいっていたから火事は免れた。だけど家は炎に包まれていて帰るべき場所を失った。俺は絶望したよ。どうしたらいいか分からなかった。だけど、その時魔王に助けてもらった。ちょうど俺のように腕が立つ人間を探していたらしい。俺は魔王の下で鍛錬を積み、いつか両親を殺したやつに復讐できる日を待っていた。そんな俺に魔王が力をくれたんだ。全ての人間を殺せばいつか両親を殺した奴にも復讐ができると。」
魔王がフードを外した。記憶の中の笑顔とは程遠い血走った目が俺を見つめている。
「お前も俺を助けてくれよ。俺と村のエースの座を競い合ったお前なら百人力だよ」
声色が優しくなり、目を細める魔王。
妖しさが一層増し、恐怖で崩れ落ちてしまいそうなほど膝が震えている。
「なあ、あの時おれら約束したの覚えてないのか…?」
意図せず声が震える。
「約束?」
「ああ。いつか俺たちパーティを組んで魔王を倒そうって」
腹に力を入れて叫ぶと多少震えはおさまった。
魔王はああ、と思い出したかのように笑った。
「そんな約束忘れてたよ」
シンと手足が冷えるような感覚がした。
俺は剣を抜き魔王に向かって走り出した。
しかし魔王が纏わせている青白い光にガチッと跳ね返される。
記憶の中の遠くの声が消えていく。
4/17/2025, 12:39:33 PM