Nakeyanake

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5/5/2026, 10:05:49 PM

知人の家から迎えたばかりの君は、小さく震えていたね。慣れるまで離れて見守ろうと決めていたのに、好奇心に負けて手を伸ばした私。驚いた君に指を噛まれたときの痛みと、流れた血を見て君が見せた、申し訳なさそうな顔を今でもはっきり覚えているよ。
​それからは本を片手に、何が良くて何がいけないのか夢中で学んだ。あの時はごめんね、私も飼い主1年生だったんだ。
​叔母が遊びに来たとき、彼女の「お座り」には頑として従わなかったのに、私の言葉にはすぐに応えてくれたこともあったね。相手をちゃんと見極めているんだと、家族で驚いたのが懐かしい。
​君と出逢って、家族になって、あたりまえのように隣にいて、一緒に過ごしたね。今でもふとした瞬間に思い出すよ。君のちょっと抜けたところ、おっとりした優しさ、そして抱きしめた時の温かさを。
​君は、私たちと一緒にいて幸せだったかな。

5/5/2026, 2:51:48 AM

あやかしたちと人間は、すぐ隣で暮らしながらも明確な線引きが必要だ。人には人の、妖には妖の世界がある。それは熊と人の縄張りのようなものだ。
だが、その境界線にふと立ち止まり、耳を澄ませてはいけない。そこでは人ならざる者の物音や、聞いたこともない鳴き声が常に渦巻いているからだ。
だから、年経た者は幼い者に言い聞かせる。『あちら側の音を聞き取ってはいけない。音が聞こえた時、お前もまた、あちら側に近づいているのだから』と。

……だが、あの日。好奇心に勝てなかった私は、村外れの古い祠の前で足を止めた。
周囲の風が急に止み、耳の奥が痛くなるような静寂が訪れる。私は、そっと息を殺して耳を澄ませた。
最初は、カサリ、と枯れ葉を踏む音。次に、湿った何かが地面を引きずる音。
やがて、それは意味のある声に変わった。
『見つけた』
はっきりとした老女の声が、耳元で響く。驚いて振り返ったが、そこには誰もいない。
しかし、耳を澄まさずとも、今はもう聞こえてくる。
私の背後、数センチの距離で、複数の何かが「ズリ、ズリ」と這い寄ってくる音が。
そして、私の耳の中に、冷たい指のようなものがゆっくりと入り込んでくる感触がした。

5/4/2026, 5:10:26 AM

「二人だけの秘密」――本来なら甘美な響きを持つ言葉だ。そこには互いを守り合う信頼や、どこか共犯めいた親密さが漂う。だが、それを血生臭い逃走劇の最中に持ち出すなら、それはただの質の悪い冗談でしかなかった。

​「……ってことで、これは二人だけの秘密な?」
​背後から迫る追っ手の足音をBGMに、片方が軽薄な笑みを浮かべて囁く。見てはいけない組織の裏側を目撃してしまった直後だというのに、その男の口調には緊張感のかけらもなかった。
​「ふざけるな!」
​もう一人が、肺を焼くような荒い息を吐きながら怒鳴り返す。
「秘密もクソもあるか! 捕まれば俺たちは二人まとめて消され、海の藻屑だ。ロマンチックな心中ごっこに付き合う暇はない!」
​二人は路地の分岐点で、弾かれたように別々の方向へ走り出した。泥縄式の逃走、名も知らぬ者同士の即席の共犯関係。生き延びる保証などどこにもない。
​これが今生の別れだと、この時は互いに確信していた。
数年後、銃口を向け合う再会の日が来ることなど、知る由もなかった。

5/3/2026, 1:09:26 AM

家事は分担すると決めたはずなのに、結局いつも彼女に頼りきりだ。
申し訳なさと、それ以上の感謝が胸にある。
​朝早くから台所に立つ後ろ姿。
自分の着替えより先に、家族の洗濯物を干す手つき。
隙間を見つけては、家の中を整えてくれる様子。
仕事から戻るなり、息つく暇もなく夕飯の支度を始めること。
そんな忙しさの合間に、大切そうに本をめくる時間。
​彼女にとっては、それはもう当たり前の習慣なのかもしれない。
自然と体が動いてしまう、日常の一部なのだと思う。
​でも、今日という日に改めて彼女を見て思う。
家族のために動くその指先にも、子供に向ける柔らかな眼差しにも、
形には見えない「母としての愛」が詰まっている。
​特別な見返りなんて求めず、ただ誰かの幸せを願って動く。
そんな強くて温かな日々を支えているのは、
​優しさだけで、きっと。

5/1/2026, 11:48:33 AM

灰色の世界が、万華鏡を回した瞬間のように色付き始めた。

​隣で語り続ける友人の声は、もう届かない。ただの付き添いで来たはずの僕の視界を、その一枚が暴力的なまでの鮮やかさでジャックしたのだ。キャンバスから溢れ出す赤や青が、止まっていた僕の感情を激しく揺さぶる。世界はこんなにも、うるさいほどの色に満ちていたのか。
​その日はどうやって帰宅したのか、記憶がまったくない。気がつけば部屋でパソコンにかじりつき、狂ったようにその作家の名前を検索していた。画集を買い漁り、展示があれば全国どこへでも追いかけた。

​あの日、あの絵に心を射抜かれた衝撃。
それが、何の興味もなかった僕が学芸員という道を目指すことになった、すべての始まりだった。

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