Nakeyanake

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あやかしたちと人間は、すぐ隣で暮らしながらも明確な線引きが必要だ。人には人の、妖には妖の世界がある。それは熊と人の縄張りのようなものだ。
だが、その境界線にふと立ち止まり、耳を澄ませてはいけない。そこでは人ならざる者の物音や、聞いたこともない鳴き声が常に渦巻いているからだ。
だから、年経た者は幼い者に言い聞かせる。『あちら側の音を聞き取ってはいけない。音が聞こえた時、お前もまた、あちら側に近づいているのだから』と。

……だが、あの日。好奇心に勝てなかった私は、村外れの古い祠の前で足を止めた。
周囲の風が急に止み、耳の奥が痛くなるような静寂が訪れる。私は、そっと息を殺して耳を澄ませた。
最初は、カサリ、と枯れ葉を踏む音。次に、湿った何かが地面を引きずる音。
やがて、それは意味のある声に変わった。
『見つけた』
はっきりとした老女の声が、耳元で響く。驚いて振り返ったが、そこには誰もいない。
しかし、耳を澄まさずとも、今はもう聞こえてくる。
私の背後、数センチの距離で、複数の何かが「ズリ、ズリ」と這い寄ってくる音が。
そして、私の耳の中に、冷たい指のようなものがゆっくりと入り込んでくる感触がした。

5/5/2026, 2:51:48 AM