楽園とは、天国のような場所なのだろうか。もしそうなら、対極には地獄のような場所も存在するはずだ。
「光あれ」と神が言ったとき、世界には光が生まれ、同時に闇も生まれた。一つの事象が誕生すれば、必ず相反する何かが産声を上げる。ならば「楽園」が存在すること自体が、その真逆にある世界の存在を証明しているのではないだろうか。
私がたどり着いたその場所は、まさに楽園と呼ぶにふさわしい光景だった。
透き通った水が流れ、木々は一年中たわわに実り、争いの気配すら微塵もない。住人たちは常に穏やかな笑みを浮かべ、満ち足りた時間を過ごしている。
けれど、私は気づいてしまった。
彼らには「影」がないのだ。
足元を見ても、建物を見ても、そこには黒い輪郭が一切存在しない。どこまでも均一な光が世界を塗り潰している。
楽園が「光」だけの場所であるなら、そこから弾き出された「闇」は一体どこへ行ったのか。
その答えは、楽園の境界に立つ大きな鏡を見たときに分かった。
鏡の中に映る私は、真っ黒な泥のような姿をしていた。楽園に入るための通行料として、私は自分の中の「影」を、すべて境界線に置いてきてしまったのだ。
鏡の向こう、楽園の「外側」には、今や私の負の感情だけが実体を持って、寂しそうにこちらを見つめていた。
楽園を訪れる人は、後を絶たなかった。
一人が入り、また一人が入る。そのたびに、境界の鏡の中には捨てられた「影」が、どろりとした黒い泥となって溜まっていく。
最初は小さな染みに過ぎなかった。しかし、何千、何万という人々が「光」だけを求めて泥を脱ぎ捨てた結果、鏡の中は限界を超え、どす黒い塊が渦巻くようになった。
そして、ついにその時が訪れる。
耐えきれなくなった鏡に一筋の亀裂が入り、凄まじい音を立てて砕け散ったのだ。
溢れ出した泥は、津波となって楽園を飲み込んだ。
純白の光を塗り潰し、穏やかな笑みをかき消し、すべてを混沌へと引きずり戻す。光と闇、善と悪、喜びと絶望。それらが激しく混ざり合い、二度と分かつことができないほど深く結びついた。
泥が引き、静寂が訪れたとき、そこにあったのはかつての楽園ではない。
美しさと醜さが背中合わせになり、手放したはずの痛みがすぐ傍にある、不完全な場所。
それが、私たちの生きる「この世界」の始まりだった。
私たちは今も、自分たちの捨てたはずの泥の中で、もがきながら光を探し続けている。
風に乗るもの。たんぽぽの綿毛、虫や鳥の羽、あるいは空想や想像。それらは軽やかで、確かな足場を持たず、少しの力で容易に壊れてしまう「脆さ」を孕んでいる。
「空に終点はあるのかしら」という歌を思い出す。最後には「あの人と飛んで行きたい」と願う、妄想に近い独り言のような歌だ。ふと思いついた願いを呟くような軽やかな旋律。けれどその裏には、どこか突き放したような空虚さが漂っていた。
本日の天気は曇り時々雨。風は弱く、植物の種が旅をするにはあいにくの条件だ。
私が「それ」を見たのは、今日のような重たい空の下だった。
道の真ん中に、何かが落ちていた。
近づいてみると、それは小さな「ひとがた」だった。誰かが落とした人形だろうと思い、道端へ避けてやろうと指先ですくい上げる。すると、予想に反してそれは仄かに温かかった。
よくよく見れば、それは半透明の薄い膜に包まれた、掌に収まるほど小さな生き物だった。
呼吸に合わせて、背中の透き通った羽が微かに震えている。雨に打たれたせいか、その命は今にも消え入りそうなほど淡い。
私がそっと体温を分かつように包み込むと、その「ひとがた」はゆっくりと瞼を持ち上げた。そこには意志があるのか、あるいはただの反射なのか。私を一瞥すると、羽を一度だけ羽ばたかせた。
その瞬間、止まっていたはずの風が不意に吹き抜けた。
音はしなかった。それでも、それは弱々しい風を器用に捕まえ、重たい曇り空の向こうへとふわりと浮き上がった。
歌の中の「わたし」のように、空の終点を目指しているのだろうか。
私の手の中に残ったのは、消えかけたわずかな温もりと、真っ白なたんぽぽの綿毛が一つだけだった。