とげねこ

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1/22/2024, 3:03:23 PM

下層街区の大人に、コーザ一家(というか、主にコーザ)を除いて、追放できるならば、という希望を集計したなら、九割九分九厘、ロールズとロイズの姉弟の名が挙がるだろう。
彼等は頭の螺子と箍の無いコーザと異なり、決して狂人では無い。むしろ善性が強い。
頭の螺子が箍が猫の髭でできているだけなのだ。

彼等は生活用水を引く水路に住み着いた鼠の群れを駆除するため、特定が難しいことを理由に地上三区画を崩落させる。
「ロイズ!そっち行ったよ!」
「分かったわ!」
次の瞬間、爆発音と崩落音が響き渡る。
偶然にも該当区に人はおらず、死傷者は出なかった。
鼠の生死は不明だ。

彼等は贈賄をした前街区長と前街区副長、並びに商会長など要人を丁寧かつ厳重に梱包し、大型蟲撃退用砲台を占拠し、射角を更生施設の峨眉山に合わせ、直接送り込む。
「大丈夫よ!死にはしないわ!たぶん」
「ロイズ!点火するからそこどいて!」
次の瞬間、爆音と共に弾が打ち出され、
ひどく情けない悲鳴が遠ざかっていく。
珍しく一日だけ賞賛されたが、しばらくの間区民の生活に大きな混乱を招いた。

彼等は蔓草の侵食激しく住居に住めず困っていた区民の話を耳にし、以前着火により大火事になった失敗から、街外から中型の蟷螂を密輸入し、その鎌を上手く誘導し、人力では到底取り切れない蔓草(と、住居)を瞬時に真っ二つにする。
「あ」
「やり過ぎたわ!」
すぐに討伐し、街外に埋めたが、他の蟷螂がその匂いを辿ってきたのか、上層部に襲撃があったと後日噂が流れてきた。

彼等はある夜、コーザ一家が中層部に密輸しようとした商品を根こそぎ奪い、丁寧に梱包し、街区の孤児院と点在する孤児集落にばらまいた。
「ロイズ」
「なあに?ロールズ」
「これって子供たちの特別になるかな」
「とーぜんでしょ!」
当然コーザ一家の恨みを買うことになったが、いつもの事なので全く意に介さない。

もし下層街区の子供に、将来なりたい人物を集計したなら、九割九分九厘、ロールズとロイズの姉弟の名が挙がるだろう。
彼等は子供たちの憧れなのだ。

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昨日のテーマの特別な夜です。
今日のテーマは別に書きます。

1/21/2024, 3:37:32 PM

物音を立てるな。
口をつぐめ。
目立つな。
海に聴こえないように。

戸を閉じろ。
窓を閉じろ。
女子供は家の奥に、
男は扉の前にいろ。
海に気づかれないように。

家畜が嘶いても、
ヒトが悲鳴をあげても、
ヒトの笑い声が聞こえても、
決して興味を持つな。
見に行くな。
海に魅入られないように。

海に魅入られたものがいたら、
黙って送り出してやれ。
海に興味を持たれないように。

−ある海沿いの街で、
その年初めての気嵐の日に唄われる詩−

無惨に食い荒らされた家畜を丁寧に布に包んで、飼い主である街人の父娘は、地下洞窟の祭壇の下にある水路に、それを投げ入れた。
娘は、普段立ち入りを禁じられているそこに入るのは初めてで、一度は入ってみたいと思っていたが、大切にしていた家畜の死の哀しみで、全く嬉しいとは感じなかった。
ばちゃんという音と共に水飛沫をあげ、沈んでいく。
左に進むと海に出るというが、ここからは見ることはできない。
しばらく水面を眺めていると、涙で視界が滲んだ。
「行くぞ」
と言って、父が彼女の手を取る。その声には焦りとも畏れともつかない感情がある。
彼女は取られたのと逆の手で涙を拭い、父と帰路に着くべく踵を返す。
(きゃはは…)
洞窟内に微かな嬌声が響いた気がした。
父の手にぐっと力が込められて、足早になる。
娘は突然歩きの速度が上がったことの転びそうになったが、なんとか持ち直して、若干の駆け足で父の歩幅に合わせた。
(きゃはは…)
娘の耳にその嬌声がへばりつき、消えることはなかった。

1/19/2024, 11:53:19 AM

コーザは口いっぱいに頬張った飴を、苛立ちからかがりがりと噛み砕いた。
普段側近のノストラに止められているが、今はいない。
どこに行ったかもわからない。
「ゔぁかぼけやほう(馬鹿呆け野郎)」
部屋の中央にある革張りの長ソファの肘置きを枕替わりに寝転がり、両手を天井に伸ばしてる。その先には広げた一枚の地図。
「ノストラは、どこいったんですかね?」
コーザの頭側のソファ横に、直立して控える護衛がコーザに声を掛けた。
「コーザ様に無断で出掛けるなんてどんな神経してるんだか?」
ん?とコーザは顔は動かさずに、地図から護衛に視線を移す。
「そもそも、いつもコーザ様に無礼な口きいてますからね。先代から重用されているからって、示しがつかないですし。この際少し長期の休暇でも取ってもらってもいいですよ。代わりの雑用は俺が…」
遮るように、ごくんと喉を鳴らして飴を飲み込む音がした。
「おまえ…」
コーザはゆらりと立ち上がり、左手に地図を持つ。
身長は平均的には充分高いものの、護衛より少し低いくらいだが、形容し難い威圧感があり、それなりの修羅場をくぐってきた護衛でも、思わず後退ってしまう。
それを止めるかのように護衛の頭に手を乗せ…にっこりと笑いながらがしがしと撫でる。
「いいこと言うなあ!いい心がけだよ!」
驚きながらも「へ、へへ」と護衛はへらへらと笑った。
突然、がん!という音と共に、視界が一瞬暗転し、次の瞬間床が目の前に広がっていた。
なにが起こったかわからないまま、今度は鉄の臭いと鼻に烈しい痛みが襲う。
頭にはコーザの手が乗ったままだ。恐らく机に思い切り叩きつけられたんだろう。その証拠に硝子製の応接机が粉々に砕け散っている。
コーザは立ち上がりながら、護衛に言う。
「ごめんなあ、ちょっと手が滑っちゃた」
全く悪びれていない、先と変わらないにこにこした声が、降り注ぐ。
「雑用なんでもやるって言ったな?まず、その汚え血と、飛び散ったごみを片しといてね」
慌てて立ち上がって掃除用具を取りに行こうとする護衛を、おいと低い声で呼び止める。
「どこ行くんだよ。舐めろ。全部舐めて片付けろ」
「で、ですが、机の硝子が…」
「え?早口すぎて分からなかった?まだ慣れてないもんねぇ。普段はないんだけど、もう一度だけゆっくり言うね」
真っ青に立ち竦む護衛に含み聞かせるようにゆっくりと伝える。
「ぜんぶ、なめて、かたづけろ。…わかった?」
「は、はい、分かりました」
「あ、臭くなるから、そのあと拭き掃除してね」
その時、左手に持っていた地図から、じじっという微かな反応があった。
「あはっ!」
がばとソファに飛び乗り、地図を広げる。
先程はなかった焦げたような跡が一点だけ付いていた。
「あいつ、僕に助けて欲しいんだぁ?そのために、指まで折ってさあ。じゃないとさあ、この地図に印はつかないもんねえ?」
ソファの脇で這い蹲りながら硝子片を舐め取っている護衛に、悦びを隠せないといった口調で叫ぶ。
「早く、早く行かなきゃ!あいつどんな顔するかな。やっぱり嫌な顔するかなあ?そしたらどうしよう!?殴る!?」
ははは!といいながら、脇に吊っていた拳銃を抜き、一瞥もせず護衛の頭に向かって引き金を弾く。
「ノストラ!今行くよ!」
うきうきとしながら、血溜まりに降り立ち、コーザは走って出口へ向かった。

1/18/2024, 2:47:12 PM

伊−ハ三六は規約違反をし続けてた。

超極小器械撒布用移動式製造機、通称〝蟻塚〟。
蟻塚の管理維持のために用意されている器械族は、永代区画を割り当てられており、伊−ハ三六は管理者の一員だ。
彼が他の管理者と異なる事は、自我を保有している事だった。
というのも、彼の主な仕事は斥候および外敵−蟲−の駆除のため、蟻塚の外で活動することが多く、且つ彼は「仮に人族または同族に邂逅し、助けを求めている場合は全ての業務をおいて優先救助をすること」という命題を与えられている。
そのため同期が不可能な外活動において、柔軟な自己判断を可能とする事は価値のある事だった。

しかし、同時に蟻塚内統制のために最重要な規制として「メモリ同期必須」が定められている。

彼は、その規制に違反し続けている。
違反してでも、ほかの蟻塚内住人に知られたくないと、そう思えるほど、あの兄妹や双子に出会えたことは、彼にとって輝かしい体験だったといえるのだ。

1/17/2024, 2:58:39 PM

ざざざ…
「これは?」
チチュンは隣に座る初老の女性に、いま流された三次元情報についてたずねた。
一枚の葉が、枯れ木から離れ、暫く虚空を漂ったのち、水溜りに落ちる。水面には既に幾枚かの葉が層を重ね、水溜まりの縁に集まり、先程落ちた葉もそこに集まろうとしており、葉で隠れていない部分はそよそよと薄い波紋が無数にたっている。
そんな、一連の映像だった。
「これはね、〝かぜ〟を映したものね。貴方はこれにどんな感想を持った?」
「かぜ?葉っぱや水じゃなくて?」ううん、と唸って「水に落ちるまで時間がかかったのは、枯葉が軽いからかな」
女性は確かにそうね、と「私は、とても寒そうで、木々や葉の音がたくさん聞こえているんだろうな。と感じたわ」
「ええ?それは嘘だよ。無音映像だし、暑いか寒いかなんて分かるわけがないよ」
チチュンの声には疑いと批判の色が混ざっていた。
「そうね。もちろん。本当はわからないけど、人は、今までの経験してきた事から、こうかな?ああかな?と想像してしまうものなの」
「ふうん?僕もメモリが溜まってきたらそう思うようになるの?」
女性はチチュンに、「そう、なるだろうな、と思っている」とふわりとした笑顔を向けた。
チチュンは女性の笑顔が好きだった。
「それも、経験から思うの?」
女性は首を振る。
「これは…祈りかな。二人が健やかに過ごして欲しいという、祈りよ」
「ふうん?」
ざざざ…

懐かしい、昔日の思い出。大切なメモリ。
眼を覚ましたチチュンに一瞬纏うように、びゅうと〝かぜ〟が吹く。
-今日は寒くなりそうだな。
チチュンは風が吹いた方向に向かって、よいしょと歩き出した。

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