とげねこ

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4/21/2024, 12:46:39 PM

七天抜刀斎-もとい泡沫天到斎(ほうまつてんとうさい。自分如き小さく儚く泡沫を生きるものでも、いつか剣の高みに到達出来るという願いを込めた)は深く溜息をついた。
-ヒスイ殿、お強かった…
辺りでは珍しく、糧食加工食ではなく、生鮮加工食を出すという、食に楽しみを見出した娯楽施設に、泡沫はいた。
野菜の塩漬けをつつきながら、先日の決闘に想いを馳せる。

一言で言うならば、全く歯が立たなかった。
相手は徒手空拳で、泡沫が武器を持っている有利は多分にあった。ただ、仮に武器が無くとも敗けていただろう。
走っては、後に動いたにも関わらず回り込まれる。
抜刀をしようとすれば、初動を見切られ柄を押さえられほぼ抜かせてもらえず。
避けては、それより速く拳が飛んできた。

最終的に、彼にとって渾身の一太刀、ヒスイにとって致命の一閃を、『見てから』避けられたとき泡沫は敗けを認め、直後飛んできた岩のような拳に脳を揺らされ昏倒したのだった。
顎が砕けなかったのは単なる幸運か、手加減があったのか判らない。

しかしながら、彼女の体捌きは、とてもでは無いが洗練されているとは言い難く、泡沫のように長年弛まぬ修練や研鑽を積んできたとは思えなかった。
寧ろ、よく判らない状況で大振りをしたり、勢いを止められず走り過ぎたりと、自身の身体能力を持て余しているようにさえ感ぜられた。

-不思議なお方だった。またお会いできるだろうか…

「そこに座すは、『昏倒斎』殿では無いですか〜」
侮蔑を含んだ嫌味たらしい声が投げかけられる。
肩越しに振り向くと、後ろの席に七天時代に用心棒をしていた賭博場の息子が、取り巻きと一緒ににやにやとこちらを見ていた。
「ここは生に近い食材を扱った高級店ですよ?先生のように眠たがりは木賃宿で充分では?」
素性の知れない余所者に完敗したという情報は凄まじい速さで裏社会に知れ渡ったようで、即日用心棒の職から放免された。
「父から実力に見合わない金をたんまり受けたんでしょうが……」口調が変わる「詐欺働いたって事だよなあ?俺たちのこと舐めてると承知しねえぞ?」
取り巻きが立ち上がると同時に、泡沫も席を立った。
お粗末な殺気が泡沫に集中する。
「店主、お金はこちらに」
かちんという音。いつのまにか泡沫の居た机に幾ばくかの硬貨が出現していた。
「ああ?話はまだ…」
「終わっているよ」
次の瞬間、息子の座っていた四脚椅子の後ろ脚中程に切れ目が入り「うわっ!!?」息子は床に仰向けに放り出されてしまう。
ちょうど泡沫の足元に頭が位置し、見上げる形で泡沫ち目が合う。
「なにが…」起こった?と言う前に「ふむ」と泡沫が鼻を鳴らす。
「お主が二代目『昏倒斎』を名乗れ」
そう言うと、泡沫は思い切り息子の側頭部を蹴り上げたのだった。

4/21/2024, 4:41:05 AM

「はい、どうぞ」
その声に、微睡みにあったアキラの意識は現実へ急激に引き揚げられた。
埋めていた膝頭から顔を上げると、目の前に金属製の容器が突き出されていた。
泣いていたからか、目が膝に押しつけられていたからか、若干視界がぼやけている。
その奥でいまいち表情の判らない鳥頭とアキラの視線がぶつかった。
「あ、ああ。ありがとう」
戸惑いながら受け取った容器には、澄んだ液体が五分ほど注がれ、天井の照明をゆらゆらと反射している。
なかなか口をつけない事を不思議に思ったのか、イハは「これは、人族が飲んでも良いほど浄水してます、良い水です」と補足された。
-そういう訳では…
と思いつつも、水を口に含むと、身体が渇水していた事に気付いたように、一気に飲み干してしまった。
「…ヒスイ様は」それを待っていたようにイハはアキラに話しかけてくる。
「毒が抜けるまで一晩、頸が完全に繋がるまで追加二晩、眼球や肺などの再構成で四晩かかります。毒の除去の副作用で恐らく身体機能が著しく上昇しますよ」
一拍置いて、アキラは容器を投げ捨ててイハに詰め寄った。
「眼と肺…再構成って…どういう事だよ!?ヒスイの治療だけじゃないのか!」
頭では、あの時イハに頼る以外の選択肢がなかったこと、恐らく全くこの器械族に害意はなく純粋に保護してくれたことは理解できていたが、それでも怒鳴る事を止めることはできなかった。
「はい、人族にとって、空気も有毒ですので、生まれ落ちるまたは生まれた後に、処置が為されます。しなくとも直ぐに死亡することはないですが、生存年齢は短いでしょうね」
イハはアキラの質問に淡々と答える。
「ヒスイ様はご指示のとおり未処置でしたので、今後侵され無いよう再構成をしておりますよ?」
「てことは、俺も?」
「はい、アキラ様にも受けさせるように指示されております」
「ヒスイが?」
「はい」
−治療のとき外にいたから、そこで伝えたのか
「ちなみに断ることは?」
「自由意志でございますよ、そうする場合は防毒防塵の防護装備を用意しますから。人族にはひどく苦しいですから、不利益の方が大きいですね」
「…怒鳴って悪かったよ。解った」
アキラはヒスイが目覚めるのを待って、施術を受けることにした。

4/19/2024, 4:22:34 PM

−違う、違うの。いやだよ。
娘は、ゆっくりと遠ざかる、きらきらと光る水面を見上げた。
−私は一緒に行けないの
彼女の背には、脚には、一瞬前まで友達だと思っていた見目麗しい〝死〟が、先と同じ笑顔で纏わりついている。
あの気嵐の日に聴こえた声が忘れられず、両親の目を盗んでは、海に面した岩場に通い続けた。
ひと月ほど前に海面から恥ずかしそうに顔を出す二人の海人族と出会うことができた時は天上にも昇るほどの興奮だった。
言葉は通じなかったが、彼らと水遊びをしたり、彼らから海中の珍しい貝殻や見たことのない骨のようなものを貰ったり、彼女にとって得難い日々を重ねていた。
しかし…今日、突然海中に引き込まれた。
押しても、踠いてもびくともしない。そも服が重くて動きが全く鈍かった。
〝それら〟に向けた、止めて、という叫びも、がぼがぼと水泡にくるまれ、虚しく上に昇って消えていった。
−貴方達と仲良くしたかっただけなの。
彼女の声は届いた様子はないにも関わらず、『きゃははは…』という嬌声は耳元で囁かれたように良く届いた。
と、いきなり脚が強引に上に引き上げられ、掴んでいた手が剥がれる。同時に脚に纏わりついていた海人族の片割れが、物凄い勢いで水面に引き上げられていった。
娘は呆気に取られながらも、背中に眼を向けると、残りの海人族もぽかんとしながら海面を見上げていた。
その海人族は、何かを認めたのか、はっとした表情をしたかと思うと、娘を水中に置いて、脱兎のごとく潜っていった。
が、ぴたりと動きを停めたかと思うと、物凄い勢いで水面に引き上げられ、あっという間に水面の向こうに吹き飛んで行った。
−え、え?何?
数瞬後、きらりとした何かが彼女の腰辺りの服に引っ掛かると、ぐん!と上へと牽引される。
彼女の身体は強制的に前屈状態になり、視界は反転し暗い海底が眼前に広がった。
ひどく重い水の抵抗をものともせず、ぐんぐん海底は遠ざかり、ざばと空中へ放り出され、自由落下ののち、ふわりとそのまま誰かの腕に抱き止められた。
「あら、ロールズ!雑魚ばかりと思ったら、今日は大物が釣れたわ!!」
頭上から女性の声。
直後、どかんという爆発音が続き、続いて水飛沫がざあと降り注いだ。
「ロイズ、やっぱり一本釣りは効率悪いよ。ははぁ!ほらほら、たくさん浮いてきた!」
少し離れたところから、男性の声。
彼女を抱き止めている女性の表情は、逆光で見えなかったが、顔半分を覆う防毒仮面が妙に印象的だった。

4/16/2024, 4:07:34 PM

「あっ!コーちゃん!」
三区間ほど離れた距離からぶんぶんと両手を振る、いつもと変わらない夜会礼装の双子の姉-当然、弟も横にいる-を認めて、コーザは辟易した。
ノストラが攫われ、意気揚揚と目的地に向かうところで、説教婆や戦闘狂いと並んで見たくない顔ぶれだった。
遠回りでも迂回するかと路地へ爪先を向け-ようとして、実際したはずだが、『できていない』

「コーちゃん、無視するなよ。幼馴染だろ?」

円筒状で頂上が平たく、両のつばが反った形状の帽子を被り、姉と同様、顔の下半分を防毒防塵の仮面で覆った男が、いつの間にかコーザの目の前に立ち、籠った声をかけた。
「この間のぬいぐるみ、気に入ってくれた?突然誰かから贈られてきて、びっくりしたんだけど、コーちゃんぬいぐるみ好きだったなって思い出して、直接持っていったの!」
丸みを帯びた頂上に、広く優雅なつばをもった帽子を被った女が、にっこりと笑ってコーザの顔を覗き込んでくる。弟もうんうんと頷いている。
人的被害は奇跡的になかったものの、周囲二区画強に甚大な被害を引き起こした、振動で爆発する釘入り爆弾の外側の事を言っているなら、いつもと変わらず、こいつらが如何に狂った姉弟で、自分が如何に常識人かを思い出さずにはいられなかった。
ちなみにコーザがぬいぐるみを好きだった事も、誰かにそう言った事も一度も無い事は、間違いない。

2/25/2024, 3:54:55 PM

ぴたりと後ろに撫で付けた髪。
薄く化粧をし、紅を差した唇。
彼の体型に完璧に沿う燕尾服。
ぴかぴかに磨き上げられた靴。
そして、両手につけた白手袋。

街を歩いたら、十人が十人とも立ち止まり、息を止めて見惚れるだろう。
総じて、美しい、と思う。

−誰だ、こいつは?

今晩開かれる、商人同士の社交会の準備を手伝いながら、ノストラはそう思わずにいられない。普段のコーザの人物像を熟知しているだけ特に。

「あの糞糞姉弟…許さねえ…あの量強奪って頭沸いてんのか…」

当の本人はこの間中階層に密輸予定だった砂糖類を、特に意味もなく低層中にばら撒かれた事に、かれこれ一週間はこのような呪詛を吐き続けていた。
「その機嫌、会に持ち込むんじゃねえぞ?」
コーザはそれを聞いて、憮然とした表情でノストラに向かってあんぐりと口を開く。
ノストラが慣れた手つきで飴玉を放り込むや否や、コーザはばりばりと盛大に音をたてながらそれを噛み砕いた。
「水」
ノストラは無言で小さめの水差しを差し出す。
自分で注げという意味だったが、コーザはそれを掴み取ると、そのままの勢いで一気に飲み干し、口に残った水をノストラの顔に吹きつけた。
驚き、睨みつけるノストラ対して、にやりと笑うコーザ。
すぐさま正面に密着せんばかりに近づき、次の瞬間コーザがうっと呻き、腹を押さえながらノストラの足元に頽れる。
鳩尾を一発殴ったのだ。

もっとも、ノストラもロイズ・ロールズ姉弟には何度も煮湯を飲まされているから、珍しくコーザの気持ちに共感できる。
実際強奪事件はコーザ一家にとってはかなりの痛手で、何かしらの報復をする必要があるのだが、奴らの血縁はおらず、庇護者はあの調停者母娘で、手出しができない。
実質的な放置をせざるを得ないのが輪をかけて頭が痛い。無意識に窓の外の、天蓋に覆われた空に視線を向けた。

「それじゃあ行くかね」
いつの間にか復活し、立ち上がっていたコーザがにっこりと声をかけてくる。
「たまには付き添いに女を連れていけよ…」
「はっはー、嫌だね」
「糞が」
がちゃりと部屋の扉を開けて、コーザを手で廊下側に促す。
「良いねえ、もっと言ってよお嬢様」
ノストラに差し出された杖を手に取り、上機嫌に社交会に向かった。

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