とげねこ

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七天抜刀斎-もとい泡沫天到斎(ほうまつてんとうさい。自分如き小さく儚く泡沫を生きるものでも、いつか剣の高みに到達出来るという願いを込めた)は深く溜息をついた。
-ヒスイ殿、お強かった…
辺りでは珍しく、糧食加工食ではなく、生鮮加工食を出すという、食に楽しみを見出した娯楽施設に、泡沫はいた。
野菜の塩漬けをつつきながら、先日の決闘に想いを馳せる。

一言で言うならば、全く歯が立たなかった。
相手は徒手空拳で、泡沫が武器を持っている有利は多分にあった。ただ、仮に武器が無くとも敗けていただろう。
走っては、後に動いたにも関わらず回り込まれる。
抜刀をしようとすれば、初動を見切られ柄を押さえられほぼ抜かせてもらえず。
避けては、それより速く拳が飛んできた。

最終的に、彼にとって渾身の一太刀、ヒスイにとって致命の一閃を、『見てから』避けられたとき泡沫は敗けを認め、直後飛んできた岩のような拳に脳を揺らされ昏倒したのだった。
顎が砕けなかったのは単なる幸運か、手加減があったのか判らない。

しかしながら、彼女の体捌きは、とてもでは無いが洗練されているとは言い難く、泡沫のように長年弛まぬ修練や研鑽を積んできたとは思えなかった。
寧ろ、よく判らない状況で大振りをしたり、勢いを止められず走り過ぎたりと、自身の身体能力を持て余しているようにさえ感ぜられた。

-不思議なお方だった。またお会いできるだろうか…

「そこに座すは、『昏倒斎』殿では無いですか〜」
侮蔑を含んだ嫌味たらしい声が投げかけられる。
肩越しに振り向くと、後ろの席に七天時代に用心棒をしていた賭博場の息子が、取り巻きと一緒ににやにやとこちらを見ていた。
「ここは生に近い食材を扱った高級店ですよ?先生のように眠たがりは木賃宿で充分では?」
素性の知れない余所者に完敗したという情報は凄まじい速さで裏社会に知れ渡ったようで、即日用心棒の職から放免された。
「父から実力に見合わない金をたんまり受けたんでしょうが……」口調が変わる「詐欺働いたって事だよなあ?俺たちのこと舐めてると承知しねえぞ?」
取り巻きが立ち上がると同時に、泡沫も席を立った。
お粗末な殺気が泡沫に集中する。
「店主、お金はこちらに」
かちんという音。いつのまにか泡沫の居た机に幾ばくかの硬貨が出現していた。
「ああ?話はまだ…」
「終わっているよ」
次の瞬間、息子の座っていた四脚椅子の後ろ脚中程に切れ目が入り「うわっ!!?」息子は床に仰向けに放り出されてしまう。
ちょうど泡沫の足元に頭が位置し、見上げる形で泡沫ち目が合う。
「なにが…」起こった?と言う前に「ふむ」と泡沫が鼻を鳴らす。
「お主が二代目『昏倒斎』を名乗れ」
そう言うと、泡沫は思い切り息子の側頭部を蹴り上げたのだった。

4/21/2024, 12:46:39 PM