とげねこ

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ぴたりと後ろに撫で付けた髪。
薄く化粧をし、紅を差した唇。
彼の体型に完璧に沿う燕尾服。
ぴかぴかに磨き上げられた靴。
そして、両手につけた白手袋。

街を歩いたら、十人が十人とも立ち止まり、息を止めて見惚れるだろう。
総じて、美しい、と思う。

−誰だ、こいつは?

今晩開かれる、商人同士の社交会の準備を手伝いながら、ノストラはそう思わずにいられない。普段のコーザの人物像を熟知しているだけ特に。

「あの糞糞姉弟…許さねえ…あの量強奪って頭沸いてんのか…」

当の本人はこの間中階層に密輸予定だった砂糖類を、特に意味もなく低層中にばら撒かれた事に、かれこれ一週間はこのような呪詛を吐き続けていた。
「その機嫌、会に持ち込むんじゃねえぞ?」
コーザはそれを聞いて、憮然とした表情でノストラに向かってあんぐりと口を開く。
ノストラが慣れた手つきで飴玉を放り込むや否や、コーザはばりばりと盛大に音をたてながらそれを噛み砕いた。
「水」
ノストラは無言で小さめの水差しを差し出す。
自分で注げという意味だったが、コーザはそれを掴み取ると、そのままの勢いで一気に飲み干し、口に残った水をノストラの顔に吹きつけた。
驚き、睨みつけるノストラ対して、にやりと笑うコーザ。
すぐさま正面に密着せんばかりに近づき、次の瞬間コーザがうっと呻き、腹を押さえながらノストラの足元に頽れる。
鳩尾を一発殴ったのだ。

もっとも、ノストラもロイズ・ロールズ姉弟には何度も煮湯を飲まされているから、珍しくコーザの気持ちに共感できる。
実際強奪事件はコーザ一家にとってはかなりの痛手で、何かしらの報復をする必要があるのだが、奴らの血縁はおらず、庇護者はあの調停者母娘で、手出しができない。
実質的な放置をせざるを得ないのが輪をかけて頭が痛い。無意識に窓の外の、天蓋に覆われた空に視線を向けた。

「それじゃあ行くかね」
いつの間にか復活し、立ち上がっていたコーザがにっこりと声をかけてくる。
「たまには付き添いに女を連れていけよ…」
「はっはー、嫌だね」
「糞が」
がちゃりと部屋の扉を開けて、コーザを手で廊下側に促す。
「良いねえ、もっと言ってよお嬢様」
ノストラに差し出された杖を手に取り、上機嫌に社交会に向かった。

2/25/2024, 3:54:55 PM