−違う、違うの。いやだよ。
娘は、ゆっくりと遠ざかる、きらきらと光る水面を見上げた。
−私は一緒に行けないの
彼女の背には、脚には、一瞬前まで友達だと思っていた見目麗しい〝死〟が、先と同じ笑顔で纏わりついている。
あの気嵐の日に聴こえた声が忘れられず、両親の目を盗んでは、海に面した岩場に通い続けた。
ひと月ほど前に海面から恥ずかしそうに顔を出す二人の海人族と出会うことができた時は天上にも昇るほどの興奮だった。
言葉は通じなかったが、彼らと水遊びをしたり、彼らから海中の珍しい貝殻や見たことのない骨のようなものを貰ったり、彼女にとって得難い日々を重ねていた。
しかし…今日、突然海中に引き込まれた。
押しても、踠いてもびくともしない。そも服が重くて動きが全く鈍かった。
〝それら〟に向けた、止めて、という叫びも、がぼがぼと水泡にくるまれ、虚しく上に昇って消えていった。
−貴方達と仲良くしたかっただけなの。
彼女の声は届いた様子はないにも関わらず、『きゃははは…』という嬌声は耳元で囁かれたように良く届いた。
と、いきなり脚が強引に上に引き上げられ、掴んでいた手が剥がれる。同時に脚に纏わりついていた海人族の片割れが、物凄い勢いで水面に引き上げられていった。
娘は呆気に取られながらも、背中に眼を向けると、残りの海人族もぽかんとしながら海面を見上げていた。
その海人族は、何かを認めたのか、はっとした表情をしたかと思うと、娘を水中に置いて、脱兎のごとく潜っていった。
が、ぴたりと動きを停めたかと思うと、物凄い勢いで水面に引き上げられ、あっという間に水面の向こうに吹き飛んで行った。
−え、え?何?
数瞬後、きらりとした何かが彼女の腰辺りの服に引っ掛かると、ぐん!と上へと牽引される。
彼女の身体は強制的に前屈状態になり、視界は反転し暗い海底が眼前に広がった。
ひどく重い水の抵抗をものともせず、ぐんぐん海底は遠ざかり、ざばと空中へ放り出され、自由落下ののち、ふわりとそのまま誰かの腕に抱き止められた。
「あら、ロールズ!雑魚ばかりと思ったら、今日は大物が釣れたわ!!」
頭上から女性の声。
直後、どかんという爆発音が続き、続いて水飛沫がざあと降り注いだ。
「ロイズ、やっぱり一本釣りは効率悪いよ。ははぁ!ほらほら、たくさん浮いてきた!」
少し離れたところから、男性の声。
彼女を抱き止めている女性の表情は、逆光で見えなかったが、顔半分を覆う防毒仮面が妙に印象的だった。
4/19/2024, 4:22:34 PM