とげねこ

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コーザは口いっぱいに頬張った飴を、苛立ちからかがりがりと噛み砕いた。
普段側近のノストラに止められているが、今はいない。
どこに行ったかもわからない。
「ゔぁかぼけやほう(馬鹿呆け野郎)」
部屋の中央にある革張りの長ソファの肘置きを枕替わりに寝転がり、両手を天井に伸ばしてる。その先には広げた一枚の地図。
「ノストラは、どこいったんですかね?」
コーザの頭側のソファ横に、直立して控える護衛がコーザに声を掛けた。
「コーザ様に無断で出掛けるなんてどんな神経してるんだか?」
ん?とコーザは顔は動かさずに、地図から護衛に視線を移す。
「そもそも、いつもコーザ様に無礼な口きいてますからね。先代から重用されているからって、示しがつかないですし。この際少し長期の休暇でも取ってもらってもいいですよ。代わりの雑用は俺が…」
遮るように、ごくんと喉を鳴らして飴を飲み込む音がした。
「おまえ…」
コーザはゆらりと立ち上がり、左手に地図を持つ。
身長は平均的には充分高いものの、護衛より少し低いくらいだが、形容し難い威圧感があり、それなりの修羅場をくぐってきた護衛でも、思わず後退ってしまう。
それを止めるかのように護衛の頭に手を乗せ…にっこりと笑いながらがしがしと撫でる。
「いいこと言うなあ!いい心がけだよ!」
驚きながらも「へ、へへ」と護衛はへらへらと笑った。
突然、がん!という音と共に、視界が一瞬暗転し、次の瞬間床が目の前に広がっていた。
なにが起こったかわからないまま、今度は鉄の臭いと鼻に烈しい痛みが襲う。
頭にはコーザの手が乗ったままだ。恐らく机に思い切り叩きつけられたんだろう。その証拠に硝子製の応接机が粉々に砕け散っている。
コーザは立ち上がりながら、護衛に言う。
「ごめんなあ、ちょっと手が滑っちゃた」
全く悪びれていない、先と変わらないにこにこした声が、降り注ぐ。
「雑用なんでもやるって言ったな?まず、その汚え血と、飛び散ったごみを片しといてね」
慌てて立ち上がって掃除用具を取りに行こうとする護衛を、おいと低い声で呼び止める。
「どこ行くんだよ。舐めろ。全部舐めて片付けろ」
「で、ですが、机の硝子が…」
「え?早口すぎて分からなかった?まだ慣れてないもんねぇ。普段はないんだけど、もう一度だけゆっくり言うね」
真っ青に立ち竦む護衛に含み聞かせるようにゆっくりと伝える。
「ぜんぶ、なめて、かたづけろ。…わかった?」
「は、はい、分かりました」
「あ、臭くなるから、そのあと拭き掃除してね」
その時、左手に持っていた地図から、じじっという微かな反応があった。
「あはっ!」
がばとソファに飛び乗り、地図を広げる。
先程はなかった焦げたような跡が一点だけ付いていた。
「あいつ、僕に助けて欲しいんだぁ?そのために、指まで折ってさあ。じゃないとさあ、この地図に印はつかないもんねえ?」
ソファの脇で這い蹲りながら硝子片を舐め取っている護衛に、悦びを隠せないといった口調で叫ぶ。
「早く、早く行かなきゃ!あいつどんな顔するかな。やっぱり嫌な顔するかなあ?そしたらどうしよう!?殴る!?」
ははは!といいながら、脇に吊っていた拳銃を抜き、一瞥もせず護衛の頭に向かって引き金を弾く。
「ノストラ!今行くよ!」
うきうきとしながら、血溜まりに降り立ち、コーザは走って出口へ向かった。

1/19/2024, 11:53:19 AM