NoName

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1/8/2026, 3:52:27 PM


花の名前を知りたいと思ったのは、初めてだった。

花屋の店先に並んだ、色とりどりの花。
その中に、一際目を引く花があった。
大輪に囲まれているのに、そっと静かに、元からそこに存在していたように。
決して主張しているわけではないのに。
咲き乱れる花の中では目立たないはずなのに、なぜだか俺の心を惹きつけた。

「あの、すみません、この花って……」

そう言いかけて、言葉が止まる。
「はい?」と、店から出てきた女性店員さんの微笑みを見た瞬間、気付いてしまったから。

彼女に、似ているのだ。

色とりどりの花たちに囲まれても、褪せない彼女の微笑み。花の世話をしながら、ずっと口元に浮かんでいる。その微笑みに、仕事終わりの俺は何度も癒されていた。

「あ、いつもお店の前を通っていらっしゃる方ですよね」

そう言いながら、さらに微笑む。
彼女も俺を知っていてくれたのか。

「このお花が、どうかされましたか?」
「あ、いや。この花、ください」

それだけ伝えて、俺はレジの方に向かった。

花の名前はまだ知らない。
けど、明日もここへ来る理由ができた。

1/8/2026, 7:28:02 AM


ハラハラと、白いものが降ってくる。

頬に触れた瞬間、冷たさがすっと肌に沁みた。

雪だ。今年初めての。
通りで寒いと思っていた。
かじかむ手に息を吐くと、じんわりと熱が移り、白い息が空に消えた。

今年は積もるだろうか。

あれは何年前だっただろう。
カーテンを開けると、視界いっぱいに白銀世界が広がっていて、その眩しさに思わず目を細めた。
この辺りでは、雪が積もることは珍しい。

滅多にない景色にみんなではしゃぎ、外に飛び出した。雪合戦したり、雪だるまを作ったり。そして、雪が溶けて雪だるまが潰れたときは、下の子は泣いてたっけ。あの日を思い出して口元が綻ぶ。

今年ももし積もったら、また一緒に……と考えてすぐに思い返す。

子供たちは、もう中学生だ。

母親と一緒に雪遊びなんてしてくれないだろう。

いつの間にか、私の背丈も追い越した。
でも、それでも、いまだに小さな子供のように思ってしまうのは、あの日の顔が忘れられないからかもしれない。

頬と鼻の頭を真っ赤にして、小さな手で一生懸命雪を丸めていた、あの頃の顔を。

1/6/2026, 4:51:23 PM


君と一緒に見た景色が忘れられない。

霜が降りた、とても寒い朝だった。

君はいつも通りもう起きて、ジョギングに行く準備をしていた。
「あなたも行く?」と微笑む彼女に「行く」と答えて外に出て、一瞬で後悔した。

寒い、なんてもんじゃない。凍そうだ。
しかも、日頃から走ってる彼女に着いていくだけで精一杯。

「たまには違うルートで行こうかな」

そう言って長い長い階段を駆け上がって行く彼女を、少し恨めしく思った。

「ほら、早くおいでよ」

30段以上も先から振り返り、ヒィヒィ呻く僕に発破をかける。

ああ、君はなんて残酷なんだ。少しは僕のことも考えてくれ。

足はガクガクするけれど、その頃にはもう寒さは消えていた。

彼女の背を追いかけて、階段を登り切る。
彼女はとっくにてっぺんにたどり着き、高台から景色を眺めていた。

呼吸を感じられるくらい傍に立ち、彼女の瞳に映る景色を僕も見る。

痛いほど澄んだ空気が、遠くにそびえる山の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。その下には僕たちの住む街がキラキラと朝焼けに照らされ、眩しいほどだ。

「きれいでしょ? あなたにも見せたかったんだ」

白い息を澄んだ空に溶かしながら、そう言ってはにかむ彼女の方がよっぽどきれいだった。なんてことは言わなかったけれど。


あの日の景色と、彼女の横顔。
今でも忘れられない僕の思い出。
いつかまた、君と見られる日を夢見て、僕は今日も走り出す。
もうそんな日が来ないことは僕が一番知っているのにね。

12/23/2025, 4:31:52 PM


木枠の扉から流れ込む隙間風が、蝋燭の炎を揺らす。
その光に照らされ、ほつれたソファの裂け目から覗く白い綿の影が、壁にゆらりと伸びた。

影が動くたび、ゆっくりと何かが近付いてくる気配に、背中がざわつく。

こんな炎、消してしまいたい。
けれど、消してしまえば闇の中に放り出されるだろう。聞こえるのは扉を叩く荒れた吹雪の音だけ。
こんなにも、昇る日を待ち遠しく感じたことはない。

夜明けまで、あと3時間。

12/17/2025, 5:24:06 PM


先ほどまでの吹雪が嘘のように、降り積もった雪は静寂を湛えていた。

彼を失った日も、こんな日だった。

「別れたい」と言う彼に、私は「わかった」と答えた。
外はひどく静かで、その静けさが声に移っただけだった。

あの時、縋り付いて嫌だと泣いていたら今とは違う未来があったのだろうか。今でも私はあなたの隣にいたのだろうか。

でも、私はそんなことできない。できるはずがないのだ。可愛くない女。

だから、あなたに全力で縋り付き、「あの人と別れて私を選んで」と泣いて頼めるその人を、少しだけ羨ましく思ってしまった。

もし私が男なら、「わかった」と声色も変えず静かに告げる女より、自分に縋り付き「捨てないで」と泣く女を可愛いと思ってしまうだろう。

でも、二人が別れたと聞いて、「やっぱり」と思ってしまうのだ。

静けさを湛える白い世界を見つめながら、私はふふっと笑ってしまった。

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