『理想のあなた』
イケメンが泣いてる。
団体行動が苦手な私のお昼はいつも裏庭にあるベンチで。屋根があるところは人がいるから、あっちは雨の日限定だ。
裏庭の、大きな木を少し過ぎたところにイケメンは独りで立っていた。
面倒臭そうな空気を感じて一瞬戸惑ったのがいけなかった。手にしたビニール袋が揺れて、涙をこぼす彼と目が合ってしまった。
「一緒に食べる?」
漫画だったらパアアと効果音がつきそうな笑顔で返された。ついでにティッシュを貸したら、汚い鼻声でお礼を言われた。
「思ってたのと違うって言われて」
「あー、いるよね。理想ばっか高くなる人」
「それが五人くらい続いてるんだ」
色んな意味で早く逃げたい感じの昼になった。
彼の後ろでなんかめっちゃ眉間にしわ寄せたり口元ひん曲がったりしてる女子たちがいるんですけど。
撒いてこいよ。
「もー押しつける前に理想のあんたになってから出直してこいって言っちゃいなよ」
私はわりと初日に似たようなこと言って、やらかしてぼっちを極めたわけですけども。
イケメン君に視線を戻すとなぜか目を輝かせていた。
おもむろに両手を取られる。
「師匠とお呼びしても?」
「お断りします!」
断固拒否したにも関わらず、ぐっと力が入ったまま離れない手に静かな日常に別れを告げる。
さようなら理想的な学校生活。
こんにちは波乱の日々。
『突然の別れ』
いつかは来ると分かっていた。
閉まったシャッターとそれに貼りつけられた紙。
「一身上の都合により、K書店は閉店いたしました。長い間ご愛顧いただき誠にありがとうございました。」
小さな頃から通っていた。高校のとき少しだけ職場体験をさせてもらって、後継者がいないからそう長くは続けられないと聞いてはいた。
店主はもう八十代半ばだ。
よくやったよと、最後の営業日に常連さんと話している姿を見たのが最後だった。
「お悔やみ申し上げます」
私と両親がそう告げたとき店主の奥さんは泣いていた。閉店してから二ヶ月。店を追うように店主は天へ飛び立っていった。ある朝起きてくる様子がなくそのまま、だったそうだ。
大好きだという本に囲まれた写真の中の店主はとても穏やかな笑みを浮かべていた。
『恋物語』
恋物語は苦手だ。二次元も三次元も。
バディものが好きでよく読むから途中から恋愛が絡んでくると、ひどいときは読むのをやめてしまう。
そんな時期もありました。
「司くんとはどうなのよ?」
「司ぁ?」
小学校の途中で近所に越してきた佐伯司。そのまま中高と腐れ縁が続いて今に至る。最初はもじもじしていたのに、今やバレー部で大活躍のエースだ。噂によると好きな人がいるからと告白を断っているらしい。
「らしい。じゃねえのよ」
「ラブレターを渡されることも減りましたなあ」
「んもー! 好きな人誰かなとか気にならないわけ?」
「推ししか目に入らないから」
「いい笑顔だな、おい!」
目の前に突っ伏しているのはオタク仲間だ。司のことが好きで、でもジャンルは違えど仲間だとわかった日から二人でつるむことが増えた。
こんなの間に入れないわと言われたのが懐かしい。
(……こんなの?)
「美代ー悪い遅くなった! 昼食おうぜ……って相良は何でそんな格好してんの?」
「早く付き合え馬鹿ーっ!」
「は? えっなに? ちょっとやめて」
その可愛らしい顔から出たのかい?と疑うような声で司に迫る相良ちゃん。どさくさに紛れて司の手にあるビニール袋を奪う私。そしてその中に入ってた芋けんぴを食べながら観戦を始める私。
胸ぐらを掴む相良ちゃんと司を頭の中で推しに変換しながら楽しむ時間は至高だ。
やっぱり恋物語は妄想に限る。
『真夜中』
これは、二人だけの秘密。
「こんばんは」
「こんばんは」
私しかいない二階の屋根裏。使われていない物置の奥に一枚の鏡がある。
そこで彼女と出会った。
たわいのない話をしたり、その日にあったことや幼い頃のの話をして過ごす。楽しい時間だった。
「アリス? どこにいるの!?」
真夜中に鏡の前に立ってはいけない。
彼女と交わした唯一の約束だ。だからいつも話している間以外は布を掛けていた。
でも今日だけは許してと布をめくり上げる。
明日には王子が私を探し当てる。ガラスの靴を片手にもう隣の家まで来たというのだ。一時、魔法の力で美しくなった私と踊ったに過ぎないのに。
布の下から鏡が現れる。
驚くアリスが映ったかと思えば、突然鏡から腕が現れて中に引きずりこまれた。
「アリス?」
「馬鹿な子。真夜中は来てはいけないと言ったでしょう」
「ここはどこ?」
私を掴んだ腕はアリスのものではなかった。
彼女と対峙する大きなトランプ兵。見渡せばそこは血にまみれた戦場だった。
スカートをつまみ、血のついた頬に笑みを浮かべてアリスが告げる。
「ようこそシンデレラ、不思議の国へ。ここは何事もお話通りにはいかない裏の世界。来たからには戻るお手伝いをしてちょうだい?」
後ろを振り返っても鏡はなく、いつの間にか手にはガラスの剣が握らされていた。
『愛があれば何でもできる?』
ただ親同士に決められた相手として見ていた。
今宵、王城でのパーティに呼ばれるまでは。
行けば婚約破棄されると知っていた。仲のいい友人や家族たちは、行かなくてもいいと言ってくれた。
でもね。
「リーナ・オブライェン! お前との婚約を破棄する!」
どうしてもこの男に聞いてみたいことがあったの。
「かしこまりました」
「は? ああ、そうだよなお前はいつも」
「隣にいらっしゃる令嬢が好きになった。私が彼女に嫌がらせをしている、と。そうおっしゃるのね?」
「王子である私の話を遮るとは!」
「王子ぃ、私こわいです……」
組んだ腕をさらに絡み合わせる二人。
ねえ、教えて。
「愛があれば何でもできるって言ったわね?」
「無論だ!!」
扇で隠していた口から甲高い笑い声が漏れる。
なんておかしな人!ねえ、教えてあげるわ。
「私の家が得としている分野はご存じかしら? 王国のための情報収集、他国との緩衝、飢饉の際の保存食及び住居の提供。これらはすべて私たちの婚約あってこその我が家からの提供ですのよ」
辺りがざわめき、そう遠くない距離にいる元婚約者の顔色がみるみる悪くなっていく。
隣にやってきたお兄様が王家への援助を断つ旨を告げる。入口までの道を開けてくれるのは友人とメイドたち。駆け寄ろうとする者たちは父と母に止められていることだろう。
それら全てに背を向けてパーティ会場を後にする。
「リーナ!」
元婚約者である王子が私の名前を呼んだ直後に扉は閉まった。
ねえ。私、あなたが私を愛すると言ってくれたから、何でもしようって思っていたのよ。