300字小説
蓼食う虫も
「野中のところに出たんだってよ」
男子部員が声を潜める。俺達、オカルト同好会は怪異スポット巡りをしている。しかし、先月、あるスポットを訪れて以来、男子部員の部屋に次々と女の霊が現れていた。
「お前のところはどうだ?」
「うちはネズミ一匹出ない」
「そりゃ、私だって好き嫌いがあるからさ」
女子部員が虚ろな目でケラケラと笑う。
「あんたらのところには行かないから安心しな」
そう言って彼女はくたりと糸が切れたように倒れた。
「……つまり、面食いな幽霊だったってわけか……」
女子部員の身体を借りた霊の話では、そういうことらしい。
「……細田くん素敵なのに解ってないな……」
「へっ?」
振り返ると彼女の顔が真っ赤に染まった。
お題「好き嫌い」
300字小説
花の礼
夕刻、息子との帰り道。息子が公園の花壇を指さす。
「お母さん、僕の植えたお花が咲いてる」
親子で参加した街の美化ボランティアで植えたユリの花が綺麗に咲いている。
「本当ね」
気配を感じ、私は背後を振り返った。中年の男がこちらに向かってくる。最近、街を歩く親子連れをターゲットにしているという『ぶつかり男』だろうか。男はニヤリと笑い、歩くスピードを上げた。
私が咄嗟に息子を抱えたとき
「危ないのう」
突然、男の後ろにおじさんが現れ、肩を叩く。男の姿がぺかりと消えた。
「しばらく、儂の中をさ迷っているといい」
おじさんが息子に笑いかける。
「坊主、花をありがとな」
ひらりと手を振り、おじさんは地面に溶け込むように消えた。
お題「街」
300字小説
転生人生
父が失脚し、王子から婚約を破棄されて、私は思い出した。自分が別の世界の遠い未来から転生したことを。
辺境へと追放される馬車の中で謝る父と宥める母、着いた先の生活を本で調べる兄、元気つけようと明るく振る舞う妹を見て拳を握る。
「私も皆の為に思い出した前世の知識を生かすわ」
あれから数年が過ぎた。慣れない田舎暮しに戸惑うことも多かったが、家族と元気に暮らしている。
「今日は果樹園の収穫よ」
「はい。お姉様」
前世、私は閉鎖都市で人工子宮で生まれた。管理されながら育ち、卵子を提供する歳になったとき、事故で死にこの世界に来たのだ。
家族との暮らし。地に足の着いた自由な生活。
「日々、やりたいことに満ち溢れて幸せだわ」
お題「やりたいこと」
300字小説
夜の恩人
昔、目の見えない女の子が、森の奥の吸血鬼の根城にさらわれたことがあった。女の子は城の優しい少年に大事にされていたらしいが、夜毎に流れる女の悲鳴と血の匂いに怯えていた。そして、いよいよ彼女の番となった夜。少年は彼女の手を引いて城から逃げ出した。森の中を夜通し走り、頬に朝日の温もりを感じたとき、握っていた少年の手は淡雪のように解けてしまったという。
「彼女の側には小さな灰の山だけが残されてました」
若い男は私に話をした後、その灰を葬ったという森の入り口にある墓に呼び掛けた。
「彼女は見えぬままも、村一番の縫い物上手の娘に育ちました。そして、明日、僕と祝言をあげます。僕が貴方の分も彼女を幸せに致します」
お題「朝日の温もり」
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英雄の像
俺達、兄弟の岐路は村が戦火に包まれたとき。兄は魔王軍の将軍に保護され、俺は国王軍の勇者に保護された。そして、それぞれの陣営で育てられ、今この時、敵同士として再会した。
「まさか、お前と戦うことになるとはな……」
「……兄さん」
お互いに剣を構え合う。そして……。
「いや、なんで俺達戦わなきゃいけないんだ?」
初夏の抜けるような青空に祝いの楽の音が響き渡る。俺達が互いの国の状況をじっくりと話し合い、それぞれの言い分を持ち帰り、戦いに疲弊していた国王軍と魔王軍が和平を結んで何度目かの記念日。広場で除幕式が開かれる。
「……まさか俺達が銅像になるとはなぁ……」
兄と顔見合わせ笑い合う。
「祝い酒でも飲みに行くか」
お題「岐路」