いぐあな

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6/17/2024, 11:48:35 AM

300字小説

未来の為に

 父王の命で隣国を攻めたとき、俺は嫁いだ妹の首と引き換えに、彼女が産んだ帝国の未来を滅ぼすという予言の子を見逃した。
『いつか、母の仇を取りに来るといい』

 その後、父が崩御した後を兄が継ぎ、圧政はより厳しいものになった。
 そして今、反発した民衆と元隣国の王の率いる軍勢が王城を囲んでいる。
 王座で怒鳴り散らす兄を尻目に単騎で軍勢に突っ込む。案の定、囲まれた俺の前に若い王が現れた。
「貴方が私を逃してくれたと乳母に聞いてます。……降伏してくれませんか?」
「俺はお前の母を殺した男だ。この首を取り、更に気勢をあげて王城に攻め込め」
 この大陸の未来に平和と安寧を。俺の頼みに王が剣を抜く。俺は笑んで手の武器を下げた。

お題「未来」

6/16/2024, 10:44:00 AM

300字小説

XDay

 何年も前から態度が変わってきていたのには感づいていた。決定的になったのは一年前の七夕の夜。それでも年に一度の逢瀬は明け方まで一緒に居たのに『用事が出来た』と、そそくさと帰ってしまった。鵲達の調査によると相手は若い天女らしい。その小娘が私からマウントを取る為に彼に早く切り上げて自分のもとに来るよう唆したのだ。
「それに乗った時点で彼も同罪だけど」
 そして、一年。父である天帝に集めた証拠を突きつけ、二人の処遇については私に一任すると許可を取った。西洋の女神のように括り付け天の川に流してやろうか。仲良く地上に堕としてやろうか。

 七月七日のXDayに向けて織姫は笑みながら、当日の衣装と化粧を念入りに選ぶ。

お題「1年前」

6/15/2024, 12:41:55 PM

300字小説

魔導書(あなた)と共に

 この国の魔導士は魔導書を相棒として魔法を使う。魔導士見習いの頃から私の好きな本は亡き父が使っていた魔導書だった。滑らかな頁に重厚な装丁。表紙には角に保護と装飾を兼ねた金具が着けられ、箔押しで美しい模様が描かれている。
 ようやく魔導士になった私は真っ先に魔導書を迎えに父の書斎に入った。棚から憧れの一冊を手に取る。
『……本当に我で良いのか? 今時の魔法の載った、自動魔法検索機能とやらのついた新しい魔導書が良いのではないか?』
 戸惑う魔導書を抱き締める。
「貴方が良いの! 私は貴方と父に憧れて魔導士になったのだから!」
『……仕方ない』
 魔導書がやれやれと息をつく。
『我が其方を父を超える偉大な魔導士にしてやろう』

お題「好きな本」

6/14/2024, 12:44:58 PM

300字小説

『心』の花園

 僕は『心』の花園の庭師。彼女の『心』が生み出す様々な感情の花の手入れをしている。
 枯れ果てた『哀しみ』の花の株を丁寧に抜き取り、赤黒く咲く『嫉妬』の花の棘だらけの蔓を鋏で切り戻す。幼い頃は素直な『喜び』や『悲しみ』から咲いた、愛らしいお花畑が広がっていた花壇も、彼女が『恋』を知ってから、ずいぶんと乱れ、荒れることが多くなった。

 晴れていた空が曇り、今にも雨が降り出しそうになってくる。今日は彼とのデートのはず。あいまいな空に思わず溜息を吐きつつ、傘をさす。ぽつりぽつりと雨が降ってくる。
「あれ、温かい」
 初めて降った『愛』の雨。花壇に大きな双葉が開き、太い茎を伸ばした後、見たこともない美しい花が咲いた。

お題「あいまいな空」

6/13/2024, 11:26:01 AM

300字小説

移り気

 梅雨の時期、近所の廃寺のあじさいの生垣に女の幽霊が出るという。何でも身請け話を反故にされた遊女の霊らしく、色が変わっていくあじさいを『憎し、憎し』と叩いて回るらしい。
「……それは気の毒な……」
 長屋の傘貼り浪人の先生が刀を腰に立ち上がる。
「先生、幽霊が切れるんですかい?」
「解らぬ。が、切らずとも未練を晴らすことは出来よう」
 先生は竈の灰を手に取った。

 今年のあじさいは咲き始めからずっと赤い花のままで、遊女の霊は毒気が抜かれたのか咲き終わる頃には消えていた。
「あじさいは土で色が変わるのだ」
「先生、さすがで」
「人の心変わりに泣くのは遊女も武士も同じだからな」
 先生が苦笑して、ぺたりと傘の骨に糊を塗った。

お題「あじさい」

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