いぐあな

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300字小説

移り気

 梅雨の時期、近所の廃寺のあじさいの生垣に女の幽霊が出るという。何でも身請け話を反故にされた遊女の霊らしく、色が変わっていくあじさいを『憎し、憎し』と叩いて回るらしい。
「……それは気の毒な……」
 長屋の傘貼り浪人の先生が刀を腰に立ち上がる。
「先生、幽霊が切れるんですかい?」
「解らぬ。が、切らずとも未練を晴らすことは出来よう」
 先生は竈の灰を手に取った。

 今年のあじさいは咲き始めからずっと赤い花のままで、遊女の霊は毒気が抜かれたのか咲き終わる頃には消えていた。
「あじさいは土で色が変わるのだ」
「先生、さすがで」
「人の心変わりに泣くのは遊女も武士も同じだからな」
 先生が苦笑して、ぺたりと傘の骨に糊を塗った。

お題「あじさい」

6/13/2024, 11:26:01 AM