300字小説
送り人
仮想空間の高校のクラスメイトから招待メールが届く。
「この学校のある空間が今度のアップデートで消去されるんだ」
久しぶりに女子高生アバターで訪れた私を男子高校生アバターの彼が迎える。空間はところどころが抜け落ち、黒一色に変わっている。
「この世界の終わりに君とまた会えて嬉しかったよ」
『この前は招待ありがとう。私は今はこの大学のキャンパス空間にいるから今度遊びに来て』
私の招待メールに彼の両親から返事がくる。難病を患っていた彼は卒業してすぐに亡くなっていた、
『ネットのIDデータは全て削除したのですが、あの空間のアバターは消せなくて。あの子はいつも貴女の話ばかりで……見送ってくれてありがとうございました』
お題「世界の終わりに君と」
300字小説
女神の像
船はもうこの星の重力から逃れられないが最悪の事態は避けられた。
乗務員も移民団も無事。テラフォーミングの機材も全て無事だ。元々、停滞する太陽系に嫌気が差して、飛び出したのだ。『帰れない』はむしろ願ったり叶ったり。
『明日から本格的な開拓事業に取り掛かります』
ドローンの声に空を見上げる。未知の星の夜。満天の星々が我々を見下ろしていた。
太陽系外生命体を探して、少しでも可能性のある宙域にワープを繰り返す。そしてとうとう見つけた文明を持つ異星人。何処か地球人の面影があるのは収斂進化か。
「隊長、あれを!」
部下が指さす。
「彼等曰く、フロンティアの象徴だそうです」
そこには冠を被り、松明を掲げた女神の像があった。
お題「最悪」
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立葵
あれは梅雨の時期のこと。バイクで廃墟巡りをしていたとき、とある廃村を訪れた。廃棄された畑には梅雨の走りの立葵が花盛りで、その美しさに写真を撮っているうちに獣道のような細道に迷い込んだ。
一本道なのに、戻っても戻っても村に辿り着けない。雲の向こうの日が傾いたのか辺りが暗くなり、冷たい風とともに何かが話す声が聞こえたとき
『出口はこっちよ』
ひらひらの赤いスカートをはいた女の子が俺の手を取って歩き出した。
やがて話し声が聞こえなくなり、雨が身体にあたる。とめていたバイクが見えたとき、安堵で膝が崩れそうになった。
『美しいって言ってくれてありがとう』
振り向くと女の子の姿はなく、ただ立葵がしっとりと濡れていた。
お題「梅雨」
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野に放たれた薔薇
無垢で温室育ちの儚い薔薇だと思っていた。今の妻が関係を持ちかけ、彼女を追い落とす為、罪を捏造したとき、これを使って恩を着せることで、彼女の実家の公爵家の上に立てると目論んだ。婚約破棄を言い渡す私に彼女は一瞬晴れ晴れしい顔をした後、直ぐにしおらしく広間から出ていった。そして……。
今、彼女は追放先の農園で、夫の幼馴染の庭師の息子と、以前から学んでいた植物の品種改良に勤しんでいる。今年も農園から新種の薔薇が届けられる。
『実は貴方に言い寄るように勧めたのも、捏造した罪を考えたのも、彼女自身でしたのよ』
何時ぞやの妻の言葉が頭を過ぎる。
春風が花瓶にいけた薔薇を揺らす、大輪の薔薇は艶やかに楽しげに踊った。
お題「無垢」
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旅は道連れ世は情け
「人魚の肉を食べた!?」
大雨の観光地。出掛けることも帰ることも出来ず、民宿の食堂に泊まり客が集まって、取り留めも無い話をしていたときのこと。二十代前半らしき青年が突然そんなことを言い出した。
「戸棚にしまってあったものを、それとは知らずに。どうやら父がとって置いたものだったのですが」
その後、不老不死となってした旅の話をする。見てきたような歴史の話に俺は夢中になった。
翌朝、抜けるような青空の下、私の話を夢中で聞いていた男が声を掛けてくる。昨日の楽しい話の礼だと町の地酒を渡してくれる。
「これが俺のSNSのアカウント」
登録し合って別れる。
こんな繋がりが出来るから、私はこの終わりなき旅を続けられるのだ。
お題「終わりなき旅」