いぐあな

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5/29/2024, 11:57:47 AM

300字小説

帰郷

 その昔、この島には人と魔人が一緒に暮らしていた。
 しかし、海の向こうの王が魔人を殲滅すべく軍船に乗ってやってきた。魔人をかばえば島民も殺される。それを知った魔人達は島にあった古びた船に乗って大海原に去っていったという。
「島民達は食料をかき集めて船に乗せ『ごめん』『ごめんね』と見送ったそうです。この岬はそれ以来、謝罪の岬と呼ばれています」
 俺の案内に青く広がる海を観光客達は眺めた。

「ガイドさん」
 自由行動の時間、俺のもとに客の一人の背の高い男がやってくる。
「魔人はどうなりましたか?」
「解りません。何処かで生きていてくれることを願うばかりです」
 男が額の髪を分ける。そこには魔人特有の第三の目が笑っていた。

お題「ごめんね」

5/28/2024, 12:11:15 PM

300字小説

月夜の祭り

『わっしょい! わっしょい!』
 満月の下をねじり鉢巻に半纏姿の子供達の担ぐ神輿がねり歩いていく。
 青白い月光にキラキラと光る神輿の飾りは、この道の先、とうに宮司も居なくなり、うち寂れた神社に奉納されたものだ。
 神輿の後ろには、まだ担ぐには幼い子供達が列をつくって着いていく。彼等の洗いざらい、首元のよれた半袖のシャツ姿は昭和以前を感じさせるものだった。
 今は年寄りばかり、人の住んでいる家も少なくなった、この村も昔は山仕事で栄え、山神を祀る祭りは毎年大勢の氏子が集まって、賑やかに開催されていたという。
「こんな月の明るい晩は神様も昔が懐かしくなるんやろ」
 幻の祭りの行列は寂しくも賑やかに山の方へと消えていった。

お題「半袖」

5/27/2024, 12:14:46 PM

300字小説

金メダル

「墓場で運動会……ってマジか!?」
 残業の帰り道。真夜中近い墓場から運動会の定番『天国と地獄』が流れてくる。紅白の鉢巻で競技を競う妖達の中に見覚えのある顔があった。
「お兄ちゃん!」
「香菜!」

 二人三脚、玉入れ、騎馬戦。俺が中学に上がる前に亡くなった病弱な妹が元気に笑いながら走っている。見たくても叶わなかった望みが目の前にあるのだ。地獄に引きずり込まれても構わない。最後のフォークダンスまで俺は香菜と手を繋いで踊った。

 目覚めるといつもの部屋のベッドの中に俺はいた。
「……夢……だよな……」
 起き上がると枕もとに手づくりらしい金メダルが。裏に返せば妹の字で
『お兄ちゃん、ありがとう。とっても楽しかったよ』

お題「天国と地獄」

5/25/2024, 11:39:06 AM

300字小説

雨夜

 夜闇にしとしとと雨の落ちる音がする。
「止みませんね」
 一夜の宿を所望した旅の御坊の為に私は粥を煮ていた。
「ところで、こんな寂れた場所に女一人でお住いなのですか?」
「はい。主人が都に働きに出ているもので」
 ……こんな会話を前もしたときがあった。あのときは相手は貧相な男で私の言葉を聞いて、ニヤリと笑い、近づいて……。
 悲鳴を上げる私の目を御坊の手が塞ぐ。
「思い出されましたか? 貴女は最後の雨の夜に囚われているのです。しかし、降り止まない雨はありません。拙僧が御仏のもとにお送りいたしましょう」

 床下から現れた妻の骨に御坊が経を唱える。
「……これて妻は……」
「無事、浄土に旅立れました」
 骨を拾い、俺は泣き崩れた。

お題「降り止まない雨」

5/24/2024, 11:53:34 AM

300字小説

唯一の話し相手

 起きたら身だしなみを整え、朝食を食べる。そして観測にデータの記録。昼食後はトレーニング。夕食後は
『あの頃の私へ。元気かい? 私は変わらぬ日々を過ごしている……』
 過去の自分にボイスメッセージを送る。

 帰還艇に不備が見つかり衛星軌道基地から帰れなくなって一月。宇宙局は予備の帰還艇の打ち上げに尽力しているが、なかなか計画が進まない。自給自足の基地ゆえ、生命に別状はないが、やはりメンタルがキツイ。だから今日も私は唯一何でも話せる相手『過去の自分』にメッセージを送る。

『あの頃の私へ。やっと帰還艇に乗れた。今まで相手をありがとう。家に帰ったら、まず寝て……ずっと食べたかった味噌汁と梅干しおにぎりを食べるよ』

お題「あの頃の私へ」

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