いぐあな

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5/23/2024, 11:55:44 AM

300字小説

人を呪えば

 陰陽師なんて仕事していると、たまに『誰々を呪詛してくれ』ていう厄介な依頼があるのさ。
 前にあったのは不倫相手の呪詛だったな。遊びのはずが本気になって奥さんや職場にバラしてやるっていうからだと。勿論、ちゃんと断った。俺はそういう仕事はしてないからな。
 その男が先月またやってきた。不倫相手が死んでから悪いこと続きなんだと。会社はクビ、離婚され、さらに厄介な病気まで見つかったらしい。きっと彼女の祟りだからなんとかして欲しいって。してやったかって? 無理無理。背中にすぶ濡れで暗い顔の女が憑いてるんだから。人を呪えば穴二つ。あれは逃れられないさ。
 で、アンタは俺に何の依頼だい? もういい? そうか、ならいいんだ。

お題「逃れられない」

5/22/2024, 11:22:58 AM

300字小説

あの角の向こうから

『また明日もお願いね』
『はい!』
 私が鍵っ子だったとき、偶然出会ったお母さんに頼まれて子守りをしていた時期があった。学校から帰って、角を曲がって家に行き、おやつを貰って、宿題をしながら赤ちゃんの相手をする。父も母も忙しい時期だったけど、そのおかげで、ちっとも寂しくはなかった。

 結婚し、子供が産まれ、実家があった町に引っ越して、私はようやく、あのお母さんが誰か気付いた。
 息子はどんどん、あのときの赤ちゃんにそっくりになるし、私もどんどん、あのお母さんに似てくる。
 あれはきっと……。
 戸棚にあのとき食べたおやつを用意し、息子をベビーカーに乗せて散歩する。
 いつ、あの角から、あのときの私が顔を覗かせるだろう。

お題「また明日」

5/21/2024, 11:02:21 AM

300字小説

妖精のテラリウム

 叔母はよく透明な瓶に草花を植え、小さな家を置いて、テラリウムを作っていた。そして、それを山や林に持って行っていく。
「こうするとね、住処を追われた妖精が瓶の中に引越しするのよ」
 そう言って、温室に幾つもの瓶を並べて、うっとりと眺めていた。

 叔母の家に泊まったある夜中。私は窓の開く音で目を覚ました。
『起きてる?』
『寝てるよ』
 吹き込む夜風に流れる小さな声に必死に寝たふりをする。
 翌朝、目覚めると机の上に置いておいた飴が全てどこかに消えていた。

 以来、私は叔母の家に泊まるときは、甘いお菓子を持っていって、寝るときは窓の側に置いている。
 あの温室とテラリウムの瓶は叔母に何かあったとき、私が受け継ぐ約束をした。

お題「透明」

5/13/2024, 11:56:52 AM

300字小説

守られた時間

「なあ! マック寄ろうぜ!」
「今日は塾がある日なの!」
「いや、まだ時間あるだろ! じゃあ、スタバで奢ってやるよ!」
「どうしたの? 今日はやけに引き止めるよね」
 そう幼馴染が振り返ったとき、目の前の歩道に車が突っ込む。甲高いブレーキ音に悲鳴。目を丸くして立ちすくむ幼馴染に俺はこっそり息を吐いた。

 犠牲者はいなかったとはいえ、さすがに目の前で起きた事故にショックを受けた幼馴染を家まで送って帰る。
 自分の部屋に入り、机の上の差出人不明の手紙を手に取る。
『事故で彼女を失って以来、俺の時間は無いも同じ。俺が失った時間をお前は守ってくれ』の言葉と共にさっきの事故について書かれた手紙。
「俺の時間は守れたぜ。ありがとう」

お題「失われた時間」

5/10/2024, 11:49:25 AM

300字小説

胡蝶の夢

 俺が小学生のガキだった頃。田舎のじいさんの家に泊まりに行った。ちょうど春の盛りで、俺は毎日のように虫取りをして遊んでいた。
 その日は畑の上のモンシロチョウを捕まえようとしていた。虫籠を下げ、虫取り網でひらひらと舞う蝶を追っていた。蝶はすいすいと網を避け、いつの間にか畑から小道に、小道から古い大きな屋敷の庭へと入って行った。
 綺麗に整えられた庭には、縁側に面して座敷があり、奥に布団を敷いて若い男が眠っていた。蝶が顔にとまり、男はむくりと起き上がった。病人特有の痩せた青白い顔で男は、庭に入ってきた俺を見て、にこりと笑った。
「しつこく追い回すなんて酷いな」

 俺は悲鳴を上げて逃げ、以来、蝶は見るのも苦手だ。

お題「モンシロチョウ」

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