いぐあな

Open App
5/9/2024, 11:56:00 AM

300字小説

忘れられない言葉

 私は赤ん坊の私以外、乗組員が全滅した宇宙船の中で、ロボット達を家族、友人として育った。
 今でも思い出す。父が船内農場から帰ってくる足音。栄養も味も満たせるように、私の食事を丁寧に作る母。食べるのは私だけだったけど、父と母とおしゃべりしながら囲む食卓はとても優しかった。
 私の情操教育の為に学校を開いてくれた先生。そしてクラスメイトの友達。救難信号を受け取った救助艇が来るまで、毎日が楽しくて寂しいなんて思ったことがなかった。……だから。
 あの宇宙船は私が救助された後、そのままになっているという。
『また会えるよ』
 別れるときの、いつまでも忘れられない彼等の言葉を胸に、私はかの宙域に向かう探査船に乗り込んだ。

お題「忘れられない、いつまでも」

5/8/2024, 12:07:49 PM

300字小説

お守り

 そうそう今から一年くらい前かな? コンパで盛り上がって、そのまま、有名な怪異スポットに肝試しに行ったんだ。ほら、昔の集落跡で髪の長い死装束の女の幽霊が出るってトコ。まあ、なーんにも出なかったわけだが、でも、一緒に行った霊感がある奴の話によると、確かに女の幽霊は居て、ふざける俺達の周りで何かブツブツ言っていて、そのままついて来ているんだと。だから、これを持っとけって渡されたのが、このお守り。しかし、ずっと本当に何も無いし、奴とはゼミが別れて会うこともなくなったし、もう一年経ったから良いかなって。お前にこれやるよ。

 そう言って彼が渡してきた擦り切れてボロボロになったお守り。その後の彼の行方は解らない。

お題「一年後」

5/7/2024, 12:08:41 PM

300字小説

先に恋に落ちたのは

 初恋の日? 妻の初恋なんて聞いて楽しいの? そうねぇ、はっきり恋と自覚したのは高校二年生の通学電車の中かな? ずっと前から気になっていた男の子がいたのよ。さりげなく席を譲ったり、人に手を貸したり出来る子。そんな彼の真似をして、私も勇気を振り絞って、おばあさんに席を譲ったの。でも別の人に横取りされちゃって。そうしたら、その子が自分の席をおばあさんに譲ったの。で、私に励ますように笑いかけてくれて。そのとき、恋に落ちた。
 なによ、ニヤニヤして。……だって、告白されたとき、私の方が前から好きでした、なんて恥ずかしくて言えなかったのよ。
 ……あーもう! ちょっと冷蔵庫からビール出して! もう今日は昼間から飲んじゃう!

お題「初恋の日」

5/6/2024, 11:18:56 AM

300字小説

世界の終わりに望むこと

「明日世界が終わるなら、おねえさんなら何をします?」
 バイト先の和菓子店のショーケース越しに可愛らしい女の子が訊いてくる。
「私達はずっと食べたかった、この店のお菓子を思いっきり食べるの」
 そう言うと女の子は小銭をじゃらじゃらと出して季節の大福を幾つも買っていった。

「……ここにあった祠、壊したんだ」
 バイトからの帰り道。随分前から老朽化で立ち入り禁止になっていた祠が壊され、廃材の山になっていた。
「子供の頃はよく雨宿りしてたなぁ」
 古びて黒くなっていたが、中には山野に遊ぶ子供達を描いた額縁が飾られていたはずだ。
「……」
 額縁が割られ廃材の上に置かれている。薄れた子供達の絵の口には餡子の小豆の粒が着いていた。

お題「明日世界が終わるなら」

5/5/2024, 12:42:17 PM

300字小説

身代わり人形

 貴女に出逢って、私は生まれた。貴女に名付けられ、貴女の友達として傍にいるようになって、少しずつ塵が積もるように私の中に『私』が宿った。幼い頃はお母さんに揃いの服を着せて貰ったこともある。大人になった貴女は家を出るとき、私も連れてきてくれた。それが役に立つときがきた。
 大丈夫。アレは鼻は効くけど目が悪い。きっと貴女と私を間違えて喰って満足して去るだろう。だから、貴女のお気に入りの服を一枚貰って行くわ。さようなら。

 職場からの帰り道に黒い影に追われるようになって数日。夢の中で子供の頃からの友達だった人形のみよちゃんが私の服を羽織って出ていった。
 辻に散らばった服の切れ端。みよちゃんは消え、影も消えた。

お題「君と出逢って」

Next