300字小説
花が咲く
春の日中、木陰に敷いたビニールシートの上でビールを片手に耳を澄ますと聞こえてくる音がある。
びいーん、びいーんと弦を弾くように鳴るのは藤。ぽんぽんと弾けるように鳴るのはタンポポやヒナゲシか。学生時代、怪我をしていた狐を助けたとき、彼が礼がしたいと言ってきた。そのとき並べ立てた大層な人外の能力の中で私は『花の咲く音が聞こえる力』を選んだのだ。
「なかなかに良い音だ」
ほろ酔いで楽しむ私の横に
『変わった人間だ』
あの時の狐が現れる。
「人の身にはこのくらいが妥当だろ」
彼の前に稲荷寿司とコップに注いだビールを置いてやる。
「良い飲み友達も出来たしな」
『ふん』
春風にシャラシャラとスズランの咲く軽やかな音が流れた。
お題「耳を澄ますと」
300字小説
ひみつのはなし
ひみつ、ひみつ、二人だけのひみつ。飼い猫のにゃーたが尻尾を振る。
内木のおばあさん、亡くなったおじいさんが憑いて守っている。この前の『オレオレ詐欺』の電話の相手、おじいさんに怒鳴られて腰抜かしてた。
ひみつ、ひみつ、二人だけのひみつ。まさふみくん、まだ、お家に居る。おかあさんが泣いてばかりいるから心配で西に旅立ててない。
「えっ?」
仏壇の息子の遺影に目を向ける。供えたおもちゃがカタリと動いた。
五月晴れの青空の下、息子の好きなお菓子と花を持って墓参りに行く。
「ごめんね……お母さん、もう泣かないから……」
線香を手向けて手を合わせる。ゆらりと風に乗って流れる煙を見送るように、にゃーたが空を見上げて鳴いた。
お題「二人だけの秘密」
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精霊の森の守り人
『優しくしないで。短い時を生きる貴方に出来ることなんてない』
この精霊の森を、その主である私を守りたいと言った貴方の言葉を私はすげなく否定した。人の時は短い。なのに貪欲に生息範囲を広げていく。それを止められるものか。失望するくらいなら、期待などしない方が良い。そう冷たく言い放った私に貴方はただ笑っていた。
そして、貴方はやり遂げた。その短い人生を森と私に捧げ、同志を集め、交渉を続け、とうとう森を保護する法を作り上げた。
こうして森と私は貴方の言葉とおりに守られ、穏やかに暮らせるようになった。
たった一つ以前と変わったのは、私の視線の先、森の様々な光景に、思い出の中の貴方の姿が映り込むようになったこと。
お前「優しくしないで」
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『NORIKO』
カラフルで華やかな色使いで画壇に躍り出た彼は奥さんを一途に愛していた。人物画『NORIKO』シリーズ。この絵の女性が奥さんだ。見るだけで愛が伝わってくるようだろう?
だから奥さんが亡くなった後、彼の落胆ぶりは凄まじかった『NORIKO』シリーズだけでなく、他の絵からも一切の色が無くなり、モノクロしか描かなくなったんだ。
だが数年後、彼の絵に色が復活した。切っ掛けになったのはこの『NORIKO』の絵。今までにない柔らかな色使いで描かれている。彼が言うには、これは亡くなった奥さんとの合作だそうだ。本当かって? さあ? でもここ、彼のサインに寄り添うように女手で『NORIKO』とサインが書かれているんだ。
お題「カラフル」
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理想の果てに
その国家は人類の英智を集めた最新鋭のコロニーを基盤に造られた。
『銀河の楽園』と呼ばれる理想郷。AIによる完璧な国家運営に手厚い福祉。誰でも無料で受けられる最新医療にあらゆる事故を想定した安全対策。危険な労働は全てロボットがやり、人間は心煩うことなく幸せに生活出来た、はずだった。
「……と、それが今はその残骸しか残ってないわけだが」
過去の遺物を調査する我がチームのリーダーが『楽園』と呼ばれた荒れ果てたコロニーの内部のデータを集めながら苦笑する。
「実際、平穏だったのは初めの数年で、後は国民同士の小競り合いが絶えなかったようですね」
「小人閑居して不善をなす、か……」
嘆きのぼやきが壊れたパネルに落ちた。
お題「楽園」