300字小説
天狗の花嫁
「……あ、またきた」
春風に乗って山桜の枝が恵美に届く。
彼女は小学生の夏休み、山間の祖父母の家に預けられていた。そのとき、いつも赤ら顔の男の子と山で遊んでいたらしい。
『……で、お互いに大きくなったら夫婦になろう、なんて約束したりしたの』
以来、彼女の元には風に乗って季節ごとに花や紅葉、小さな雪だるまが結び文と共に届くらしい。恵美の手が枝に結ばれた文を解く。読んだ顔が花のようにほころんだ。
今日もまた恵美のもとに風が吹く。届いたのは白無垢と綿帽子。
「……ああ、今日が約束の日だったんだ」
恵美が白無垢を羽織り、綿帽子を被る。ごうと強い風が空から吹き下りる。その風に抱き抱えられ、恵美は青空に消えていった。
お題「風に乗って」
300字小説
望んだ末路
今年も家族総出で畑の畝をおこす。
戦場で生きる意味を見失い、軍人崩れの殺し屋として刹那な日々を送っていた頃、ある仕事の失敗から俺は都を追われ、この辺境の村にたどり着いた。そして、剣を捨て、見よう見まねで鍬を持ち、村はずれの小さな畑から始めて、今は三世代が食うに十分な農場の主となった。
「ご飯を持ってきたよ!」
孫の声が響く。青い空の下、皆で賑やかな昼食が始まった。
僕が七つの歳の秋。山の不作にあちらこちらの村が魔物に襲われた。
『……やはりベッドの上で最期を迎えるわけにはいかんようだな』
そう言って、しまってあった剣を腰に山に向かった祖父。
魔物が僕の村を襲うことは無かったが、祖父もまた帰ってはこなかった。
お題「刹那」
300字小説
そらまち
私は、ただここに存在していただけ。そんな私の地中に埋まった背の上に豊かな森が出来、生き物達が住み始めた。彼らの儚い生の営みにいつしか私は夢中になった。特に『人』というのは面白い。村を作り、町に育て、大きな都市に。その中で繰り広げられる愛憎劇に聞き耳を立てるのがいつしか楽しみになっていった。
やがて、私は『人』達の会話から、ある国がこの都市を狙っていると知った。そのとき、私は痛烈に背中のモノ達を愛おしいと守りたいと願った。そして知ったのだ、私が生きる意味を。
目の前の都市に攻め込もうとしていた軍勢を突如、地震が襲う。
そして、兵士達は見た。朝日の中、都市を背に乗せた鯨が悠々と空に飛び立っていく姿を。
お題「生きる意味」
300字小説
剣士と剣
その剣は険しい岩山の頂上に刺さっていた。凄まじい切れ味と、とてつもない大きな力を持つ剣で、引き抜いた者全てに善悪の関係なく力を与え、ときには大地を沈め、国を滅ぼしたこともあった。
そんな剣をある日、とある剣士が抜いた。彼は剣の力を自分ではなく他人の為に使い、沢山の人を救った。そして多く人に慕われ、惜しまれ、亡くなったという。
「無事か?」
森に薬草を採りに行った帰り道、魔狼に襲われた私を通りすがりの剣士様が救ってくれた。
「はい。ありがとうございました」
「気を付けて帰れよ」
笑顔で手を振り去る剣士様に深々と頭を下げ気付く。剣士様の足下から伸びる影。剣の形をしたそれがひょこひょこと嬉しそうに揺れていた。
お題「善悪」
300字小説
ルール破りの代償
俺の実家には不思議なルールがある。盆前の新月の夜、家の離れに一族の亡き人が集まるというんだ。
その日は朝から離れの部屋を綺麗に掃除し、沢山の湯のみを乗せた盆を運ぶ。急須と茶筒を用意し、火鉢に火を熾し、入り口の戸に鍵をかける。その後は夜が明けるまで絶対に離れに近づいてはならない。
でも俺は好奇心から茶筒の底にワイヤレスマイクを仕込んだ。そして、自分の部屋でイヤホンで聞いていたのだが……。
「……何か聞こえたのですか?」
「ああ、何か囁くような沢山の声が。その夜からだ、俺はこういう場所に来ると誰かの囁き声が聞こえるようになったんだ」
先輩が道路の脇に目を向ける。そこには缶の花瓶に枯れかけた花が飾られていた。
お題「ルール」