300字小説
嬉し雨
むかし、この地方には不思議な竜が住んでました。竜の今日の心模様で晴れたり、雨が降ったりするので、この地を治める王様は道化師を彼に与えました。道化師は竜を滑稽な芸で笑わせたり、悲しい話で泣かせたりして、上手く天気を操っておりました。しかし、そんな道化師の活躍を快く思わない者達が彼を奸計にはめ、道化師は竜と引き離され処刑されてしまいました。
「……それを知った竜は嘆き悲しみ、大雨で国を湖の底に沈めた後、小さな島になりました」
丘から案内人が大きな湖の真ん中の小ぶりな島を指す。
「今でも道化師に似た人が湖を訪れると竜が彼が帰ってきたと嬉し泣きをするそうです」
丘の上に立つ。空が曇り、暖かな雨が降ってきた。
お題「今日の心模様」
300字小説
蝙蝠の王
「テーブルの食器は東洋の白磁で整えたか?」
「はい」
「食材は海のものを仕入れました」
西の大国の王の訪問の準備に城の者がおおわらわしている。
「……媚びへつらう真似を……」
警備の兵士の中には苦虫を噛み潰したような顔でそれを見ている者もいる。
しかし、たとえ間違いだったとしても、この世界情勢のなか、大国二国に挟まれた小国の我が国が一年でも生き延びる為には双方に媚びるしかないのだ。
傍系の叔父の家は国の外に出て、この国が強く栄える道を探っている。それが可能となったとき、我が王家は弱腰の蝙蝠外交ばかりの無能だと嘲笑われるだろう。
「お着きになりました」
そんな未来が来ることを祈りながら、私は来客を迎えに向かった。
お題「たとえ間違いだったとしても」
300字小説
雨女の恋
「私、雨女ですの」
お嬢様はよくそう言って苦笑いされておりました。旅行、パーティ、お芝居見物など、お嬢様が楽しみにしている日には必ず雨が降ると。反対に運動の苦手なお嬢様の体育会や海水浴などの日は必ず雲一つない青空になりました。
他に雨が降る日と言えば、お嬢様が執事と出かける日でしょうか。髪が乱れて困るとちょっとおかんむりのお嬢様はとても愛らしかったです。
そんなお嬢様の御成婚の日。その日は朝から快晴でございました。高砂の謡が流れるなか、一度会っただけの見合い相手のもとに嫁ぐお嬢様はしばし執事を潤んだ目で見つめられてました。
真っ青な空の下、出ていかれるお嬢様。玄関先には一粒二粒、雫の跡がございました。
お題「雫」
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有償の愛
「貴方が居てくれれば何もいらない」
そう彼女は言ってくれた。初デートのフードコートも格安チェーン店も喜んでついてきてくれたし、誕生日に送った500円のおもちゃの指輪も涙を流して喜んでくれた。公園デートには毎回、手作りのお弁当を持ってきてくれ、俺の誕生日にはケーキや料理を作って祝い、数万円はする俺の趣味のものを惜しげも無くプレゼントしてくれた。
入籍して部屋に越してきた彼女が訊く。
「これで貴方は私のものになったのかしら?」
「ああ」
次の瞬間、喉に痛みが走る。
「一目見て好きになったの。貴方以外何もいらなくなるくらい。だって本当に美味しそうなんだもの」
いただきます。薄れる意識の中、彼女の笑い声が聞こえた。
お題「何もいらない」
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未来視の魔女
「……もしも未来が見れたなら……」
通夜の席で友人の細君が泣き崩れる。一昨日、早起きしたあいつは気まぐれに一本前の電車に乗って出社したらしい。その後、会社の前の横断歩道で突っ込んできた車にはねられ亡くなった。そして……。
『彼が居ない世界に居ても仕方が無い。私は私の世界に帰ります』
葬式が終わり、四十九日法要を終えた後、細君はそう言い残して消えた。
気まぐれに一本早い電車に乗って出社した俺の前をファンタジー映画の女優のような格好をした、いつかの細君が通り過ぎる。
「……あの……」
追い掛ける俺のいた場所に工事現場から鉄筋が落ちる。
『……良かった。あなたは助けられた』
細君が杖を降る。すっとその姿が消えた。
お題「もしも未来が見れるなら」