いぐあな

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4/18/2024, 11:20:47 AM

300字小説

君の描く『僕』の世界は

 無色の世界が色づいていく。君が書く物語の主人公はいつも君の分身たる『僕』だ。舞台によって子供になったり大人になったり、少女になるときもある。

 君が少女の頃に書いた世界は瑞々しいファンタジー。そこで『僕』は仲間を連れ、世界の謎を解く冒険者になる。

 大人になった君の書いた世界は愛憎渦巻く現代劇。そこで『僕』は愛ゆえに周りを傷つけていく身勝手な弱い男になる。

 歳を重ねた君の書く世界は複雑な事件を連ねた宮廷物。『僕』は宰相となり陰謀から王子を守る。

 そして……更に歳を経た君が書く世界はなんでも無い日常に愛と幸せを見つける物語。『僕』は君の愛した人のように、さりげなく何気なく優しさを贈るカフェのマスターとなる。

お題「無色の世界」

4/17/2024, 12:12:22 PM

300字小説

遠き星の桜

 春のこの時期、私達の住むJAPAN‐AREAは桜の花に薄紅色に染まる。この花は私達のご先祖が地球にいた時代から、愛され親しまれてきた花らしい。もう純然たる『ソメイヨシノ』は博物館や植物園にしかないが、ご先祖達はその系統を受け継ぐ桜を、この星の環境に耐えうる品種に改良してまで、AREAの津々浦々に植えた。

 淡いエメラルドグリーンの空に映えていた桜並木の花がひらりひらりと散り始める。桜散る、幻想的な美しい光景のなかをゆっくりと歩いていると、散る花びらにあわせ、一人の乙女がくるくると舞っていた。
『こんなところまで連れてこられたけど、相変わらず愛でてくれて嬉しいわ』
 乙女はにこりと笑うと風の中に消えた。

お題「桜散る」

4/16/2024, 11:55:09 AM

300字小説

救いの女神

 それは『夢見る心』を貪る魔性だと言われていた。古くは刀や筆……現代はパソコンやスマホに宿り、持ち主を『一度だけ』成功させてくれる。大概の者はその『一度だけ』の不相応な体験が忘れられず、自ら破滅の道に行き、進んで貪られるという。

「その魔性の宿った万年筆を私も使ったことがあるよ」
 二十代で大ヒットを飛ばし、その後、鳴かず飛ばずで『一発屋』と揶揄されている小説家の叔父が笑う。彼は今も地道にネットで小説を書いている。
「どうして叔父さんは貪られなかったんだ?」
「熱心なファンがいたからかな?」
 大ヒット作を『らしくない』と言い放ち、『叔父』の作品を求めてくれたファンが。
 叔父の眼差しの先で叔母がにこりと笑んだ。

お題「夢見る心」

4/15/2024, 11:36:46 AM

300字小説

届いた想い

 間に合うて良かった。
 主が家を出るときは心配したもんじゃ。
 離れて暮らせば主は吾を忘れる。責めてはおらん。新しい土地の新しい生活に心を費やされ、忘れてしまうのは人として致し方ないことじゃからの。
 じゃが、想いが届かねば、吾の加護も届かぬ。主は心が疲弊すると悪運を呼び込んでしまうからの、それはもう心配した。
 ……しかし、本当にいざという時に主は吾を想い出してくれた。それで良い。最後の最後で吾にすがってくれれば助けられる。
 じゃあの、身体に気を付けて息災にな。吾はいつも主を想うておるぞ。

 事故に遭い、目覚めたときは病院の病室にいた。ふと実家の匂いが鼻をくすぐる。
「……お母さん、帰ったら神棚にお供えをあげてね」

お題「届かぬ想い」

4/14/2024, 11:28:43 AM

300字小説

AIの祈り

 ここは人柱の流刑地だ。星系国家の領海は人が居住する基地を基準としている。故に少しでも領海を広げる為、居住限界地に基地を造り終身刑を言い渡された囚人を住まわせるのが常だった。
 看守AIの私はここに住む囚人を監視している。毎日、形ばかりの観測作業をこなす彼はとても重罪を犯したとは思えない模範囚だった。
 そんな彼が倒れた。宇宙放射線障害、彼等は死ねば遺体は基地外に投棄され、代わりがくるだけ。
「……一言『お父さん』って言ってくれないか?」
 彼が犯罪に手を染めた切っ掛けは理不尽な娘の死。
『……お父さん……』
 何がこんなことになったかは知らない。だが、私の声に穏やかに笑む顔に私は神様へ、彼の安らかな眠りを祈った。

お題「神様へ」

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