300字小説
花筏
「おら、そろそろ故郷に帰る」
節分の夜、ヒイラギの木の下で傷だらけになって泣いていた小鬼が舞い散る桜を見て言う。
「おねえちゃんのおかげで傷も治ったし、冬も越せた。そろそろ帰らねぇとおとうとおかあが心配する」
「……そっか。帰り道は解る?」
「桜が教えてくれる」
近所で評判の美味しい桜餅を買って土産に持たせる。帰るには桜の花びらが作る花筏に乗るらしい。近所の堤防に向かうと桜並木の間、快晴の空の青を映した川が桜吹雪に薄い紅色に染まっていた。
「じゃあ、おらいく」
小鬼がぴょんぴょんと河原に下り、花筏に乗る。
「そうそう」
川面から私を見上げ、彼は黒いモノを持った手を振った。
「おねえちゃんの厄、貰っていくからなぁ」
お題「快晴」
300字小説
結婚祝い
『遠くに行きたい』
それが子供の頃、友達だったミッちゃんの口癖だった。
『遠く遠くの空へ』
当時は知らなかったけど、お父さんとお母さんが離婚協議で揉めていて、ミッちゃんはおばさんの家に預けられていたらしい。でも、おばさんも無理矢理預けられたらしくて、ミッちゃんは私が家に帰っても、いつも夜まで神社の境内で一人で遊んでいた。そして、ある日、境内に靴と大きな烏の羽だけを残して行方不明になった。
結婚式前日、実家で過ごす最後の日。ミッちゃんのことを思い出しながら、神社にお参りする。誰そ彼の空から大きな羽音が降り、三本足の烏が鳥居から
「ガァ」
と、どこか聞き覚えのある声で私に向かって鳴いた後、夕空に消えていった。
お題「遠くの空へ」
300字小説
正義
魔王を倒したはずの魔王城に魔族や魔物が集まっていると聞いて、勇者の私は仲間と共に、かの地へと向かった。
「これは……」
そこで見たのは長い長い葬列であった。グレートデーモンからスライムまで、花を持ち粛々と魔王を弔う。その光景はとても言葉にはできない、静かで悲しみにあふれるものだった。
「……正義の反対はもう1つの正義か……」
「……その光景を見た勇者は人と魔族の境界線の地を治め、その生涯を掛けて二つの種族が互いに共存出来るよう尽力しました」
今は境界も無くなり、人と魔族が共に学ぶ学舎で先生が教科書を読み上げる。
「勇者は後にこう語ってます。『我ら人が悪の権化と呼んでいた魔王もまた民を思う王であった』と」
お題「言葉にできない」
300字小説
春の宴
山里は春が一気に駆け上ってくる。
畑の脇に植えたラッパ水仙にチューリップ。ムスカリにハナニラ。山裾には桜が咲き誇り、山のところどころを白く染めるのはコブシか木蓮か。
まさに春爛漫。うらうらと暖かな日差しに木々の影に尻尾や角、翼のある影が見え隠れする。
『人の子がおる』
『花の側で舞いたいに』
『人の子がおる』
風に乗って聞こえてくる囁きに俺は大きく欠伸をした。
「昼酒はきくな。一眠りするか」
残った酒と稲荷寿司、饅頭を縁に置いて背を向け横になる。
パタパタと軽い足音が縁に飛び乗った。
起きると夕日が辺りを赤く染めている。
「……ん?」
縁に小さな獣の足跡。稲荷寿司と饅頭を盛った皿には一枝の桜の枝と共に筍が乗っていた。
お題「春爛漫」
300字小説
旅立ち
僕は誰よりも、ずっと皆を見てきた。見ることしか出来なかったけど。
遼くんが野球の有名校に進学したくて、一生懸命頑張ったけど、叶わなくてグラウンドで泣いたのも、医者を目指すよう言われている茜ちゃんが本当は獣医を目指していることも。家族と上手くいってない恵美ちゃんがこのままもう帰らず、ここから出ることを目論んでいることも。
僕は見てきた。本当に見ることしか出来なかったけど。
君達にとって僕は何も無い、つまらない場所だ。けど、いつの日か一瞬でも懐かしく思い出してくれたら……そう願ってるよ。
島を出る私達を乗せて、船が港を離れて行く。
早春の日差しに輝く波間の島はいつもより鮮やかに美しく、どこか寂しげに見えた。
お題「誰よりも、ずっと」