300字小説
墓守桜
『妾はこの寺の桜の古木じゃ。お主に頼みたいことがある。妾はもう長くはない。醜く朽ちて死ぬくらいなら、美しく咲き誇ったまま切り倒しておくれ』
夢枕に立った桜の精の頼みとおり、寺男は桜の木を切り倒した。望みが叶い桜は、倒れる前に枝の全ての花を散らせ、境内は薄紅に染まったという。
「……その後、寺男は桜の枝を継いで、数十年後にまた見事に桜の木を復活させたと伝えられてます」
ガイドさんの話に境内を見回す。
「……いた」
視える私の目に寺の墓地、古い墓石の隣に咲く桜の木の精が映る。たおやかな身体を風に任せ、緩やかに揺れている。
「これからも、ずっと彼の墓を守っていくんだろうな」
花びらがひらひらと墓の上に舞って降りた。
お題「これからも、ずっと」
300字小説
彼岸の桜
満開の桜が散る頃、一夕だけ村の外れの堤の桜並木が彼岸に繋がる日がある。沈む夕日が山の端に消え、誰そ彼の闇が漂うとき、川の向こう側の堤に亡き人の影が浮かぶという。
今年もまた幾人もの村人が桜舞う堤にやってくる。夕日に煌めく川面が暗く沈むのを合図に、ぽつりぽつりと対岸の桜の下に人影が現れる。
「……じいさん……」
ひょろりとした影はこの冬に亡くなった平六ん家のじいさん。
「……太郎坊……」
盛んに手を振る小さい影は去年、風邪で呆気なく逝った吾助ん家の長男。
そして……。私の前には大柄な男の影が。
「弥吉さん、ごめん。私、隣村に嫁ぐことになった」
私の呼び掛けに夕風が舞う。
『幸せになりな』
懐かしい声が耳元で囁いた。
お題「沈む夕日」
300字小説
微笑み返し
「君の目を見つめるとキラキラ光が見えるの」
子守りアンドロイドの私がお世話していた嬢ちゃまは、よく私の目を覗き込んだ。
「これは奥のカメラのレンズが光を反射しているだけです」
「でも、とっても綺麗よ」
そう言って、嬢ちゃまは私に微笑まれていた。
経年劣化より幼い頃から私のことを育ててくれていたアンドロイドが機能を完全に停止した。
規定により機体回収センターに彼女を送る。頼んだオプションでメモリーを一部コピーしたチップが送られてくる。
「私の映像ばっかり」
はじめはキラキラ光る目が好きで、覗き込んでいたが、そうしているうちに彼女も不思議と笑むようになった。
私の瞳を拡大する。嬉しそうな笑顔がそこに映っていた。
お題「君の目を見つめると」
300字小説
願はくは
「……願はくは花の下にて春死なむ……」
満開の桜の木の下に敷いたマットレスの上に寝転んで、彼がか細くなる息の下、紡ぐ。
「……更に満天の星空の下で友に看取られてとは贅沢極まりないないな……」
『友ですか……』
アンドロイドの私の言葉に彼は薄く笑った。
『それに、今、この光景があるのは全て貴方の功績です』
気候が乱れたこの星を以前のような落ち着いた状態に戻したのは。……それが満開の桜が見たいという個人的な目的の為だとしても。
彼のバイタルが段々弱くなっていく。
「……ああ……良い夜だ……」
『……そうですね』
やがて呼吸が静かに止まる。
『……おやすみなさい。貴方の功績は友の私がいつ何時までも語り継いであげますから』
お題「星空の下で」
300字小説
桜空の平穏
今年も街を薄紅色の桜が彩る。休日の午後、夫と共に花見散歩と洒落込む。大きな笠のような公園の桜。川に伸びる枝ぶりの堤防の桜。青い空を背景に去年と同じく美しく咲いていた。
「毎年、同じね」
「ああ。それがいい。それでいいんだ」
今年、見ることの出来た桜を来年、見られる保証はない。桜は毎年、美しく咲いても、自分達がそれをこんなふうに穏やかに受け入れられなくなっているかもしれない。
「人の人生の中で憂いのない平穏な時間というのは、そう有り得ることではないから」
そよ風にひらひらと花びらが舞う。
「……だから、もう少し花見を続けても良いかな?」
「……ええ」
この平穏が少しでも長く続くことを祈って、私は桜空を見上げた。
お題「それでいい」