いぐあな

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4/3/2024, 11:56:39 AM

300字小説

処理業者の怪談

 これはコロニーの遺体処理業者に伝わる話だ。
 宇宙開発黎明期、試験コロニーに住む一般住人を募集した。抽選で決められた住人は規定内で個人所有物を一つだけ持ち込むことが出来た。
 ある男は亡くなった妻の髪を使った人形を持ち込んだらしい。やがて男は亡くなった。男は自分と共に人形を処分することを望み、人形は遺体カプセルに入れられた。
 コロニー内では遺体は処理機に掛けられ、有機物としてリサイクルされる。業者が処理前の確認の為、カプセルを開けたとき……
「扉の人形が納まった位置に小さな手で掻いたような傷があったんだとよ」
「……人形はその後どうなったのですか?」
「さあ……」
 先輩は棚に飾られた日本人形を見て肩を竦めた。

お題「一つだけ」

4/2/2024, 12:26:22 PM

300字小説

時を越えた贈り物

 流行病に効く薬草を懐に魔の森を抜ける。
 これを飲めば病の妻が助かる。産まれてすぐ引き離された子を抱かせてやることが出来る。……しかし、やはり魔の森の魔物は強かった……思った以上に深手を負ったようだ……足が動かなくなり……目の前が暗くなる……頼む……誰か……この……薬草……を……俺の……大切なものに……。

 十年ぶりに流行病が村を襲った。僕の父は病の薬草を採りに魔の森に行って帰らず、その後、母は亡くなった。
 その病に幼馴染がかかった。周囲の反対を振り切り魔の森に向かう。
 森の入口に緑の繁みが。よく見ると薬草の葉だ。森の奥にしかないはずなのにどうして? いや、今はとにかく。
 僕はその葉を摘むと村へと走り出した。

お題「大切なもの」

4/1/2024, 11:35:14 AM

300字小説

叶えたい嘘

 俺には人のついた嘘が結晶のように見える。いつもは真っ黒だったり、毒々しい色だったり、見えて楽しくないものばかりだが、エイプリルフールは違う。いつもと違うワクワク感でつかれる嘘はカラフルに色ついて綺麗に見えるのだ。
 小学校の登下校の道端に転がっているのは小学生の可愛い嘘。通勤通学の電車のソファに転がっているのはSNSを通して飛び出してきた楽しい嘘。そんな嘘を眺めながら、今日は軽い気分で街を歩く。

 病院の中庭から転がってきた透明に光る涙色の嘘。転がる先を目で追うと涙を拭き、顔を上げて病室に向かう女性の姿。
 俺はその嘘をそっと拾うと、神社の賽銭箱に賽銭とともに入れ、手を合わせ、この嘘が叶うように祈った。

お題「エイプリルフール」

3/31/2024, 12:52:15 PM

300字小説

貴方との美しき想い出

 春風に色とりどりの野の花が揺れる。
『先生、私は先生のことを愛しています』
 十四歳から二年間。この地にある別邸で家庭教師として仕えていた貴族の若君。春の空によく似た色の瞳を真っ直ぐに私に向けて、告白してくれたときのことを思い出す。
 少年の憧憬混じりの幼い恋だというのは解っていた。しかし、貴族社会を女一人渡り歩くのに、あの真っ直ぐな想いは、随分と私の心の支えになっていたらしい。
 その彼が……二年前に都に戻った彼が、この春、侯爵様の姫君と御結婚されると風の噂に聞いた。
 鳴き声をあげながら、渡り鳥の群れが都がある北の大地へと帰っていく。青い空を滑るように去っていく姿を見上げ
「お幸せに」
 と私はぽつりと呟いた。

お題「幸せに」

3/30/2024, 11:33:57 AM

300字小説

何気なくない想い

「今日は少し遅くなる」
 スマホ越しに聞こえた夫の暗い声に玄関に花を飾る。買い物に行き、好きな食材を買い、彼の好きな夕飯を作る。
 押し付けがましくなく、さりげなく、でも気持ちが解れるように。そんな何気ないふりの心遣いが昔は苦手だった。人はそのうち、そうされることを当たり前にして、空気のようにそれを求めてくるから。でも彼は。

「ごちそうさま」
 玄関の花にふと目をやり、遅い夕飯を食べ終えて、彼が一息つく。
「お風呂わいたわよ」
「じゃあ入るかな」
 そう言って立ち上がり
「いつもありがとう」
 と何気ないふりで感謝の言葉を口にして、着替えを手に風呂場に向かう。
 その少し解れた背に笑みながら、私は夕飯の後片付けを始めた。

お題「何気ないふり」

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