300字小説
何気なくない想い
「今日は少し遅くなる」
スマホ越しに聞こえた夫の暗い声に玄関に花を飾る。買い物に行き、好きな食材を買い、彼の好きな夕飯を作る。
押し付けがましくなく、さりげなく、でも気持ちが解れるように。そんな何気ないふりの心遣いが昔は苦手だった。人はそのうち、そうされることを当たり前にして、空気のようにそれを求めてくるから。でも彼は。
「ごちそうさま」
玄関の花にふと目をやり、遅い夕飯を食べ終えて、彼が一息つく。
「お風呂わいたわよ」
「じゃあ入るかな」
そう言って立ち上がり
「いつもありがとう」
と何気ないふりで感謝の言葉を口にして、着替えを手に風呂場に向かう。
その少し解れた背に笑みながら、私は夕飯の後片付けを始めた。
お題「何気ないふり」
3/30/2024, 11:33:57 AM